廬山は煙雨浙江は潮


はじめに
「府立への道」
今年の大学日本拳法のブログは熱かった。
各大学がそれぞれの盛り上げ方で楽しんでいた。
私はそれを、まるで映画「君の名は。」を観た台灣人のように「私はあなたたち日本人じゃないから(その大
学の卒業生ではないから)実感はわかないね」と言いながら、それでも、この映画の持つ映像・音楽・ストーリ
ーのテンポの素晴らしさに引き込まれ、払ったお金以上に楽しむことができた。各大学の盛り上がりに「ちゃっ
かり便乗して(国士館の高校生の言葉) 」臨場感を楽しませてもらいました。
特に、大会20日前という絶妙のタイミングで、各部員の思いを毎日一人ずつブログに綴ってもらうという場
を設け、それに対してO Bたちが毎回、絶妙の間合いを保ちながらコメントを入れるという、まさに「場と間合い
とタイミング」の妙を自然体で見せてくれた某大学。
見事、目標に向かって二等辺三角形が完成したというか、選手・マネージャー・O Bが三位一体となった姿を
見て、さながら私は、映画「君の名は。」を観て「悔しいけど、日本人て良いな」と、ため息をつく韓国人のよ
うです。
では、お前の来世はこういう大学でこんな盛り上がり方をしたいのか、と問われれば、そうでもない。
むしろ、運命として、私は再び同じ大学で日本拳法をやるのだろう。
そして、練習では「前に出ろ」と竹刀で叩かれ、試合になれば「なんでもいいからぶっとばせ」などとい
う、絶望的なアドバイスを背に受けて再び戦うのだろう。
むしろ、そういう諦めとも、あるいは「カビの生えかかった勇気をもって(RADW INPS )、来世ではウチの大学
を救ってやるぜ」という夢ともいえる思いを抱いて、残り少なくなってきた今回の人生を楽しく生きることがで
きるのです。
30年前に南米で遇った老ドイツ人は言いました。「若き日本人よ。私たち(日本人とドイツ人)は戦争に敗れ
たが、過酷な運命と戦ったという誇りがあるではないか。」と。
その時わたしは、かつて観た「眼下の敵」という、米駆逐艦と独Uボートの戦いの映画を思い出しまし
た(You T ubeで現在、字幕付きで見れます)。
映画「君の名は。」のテーマを実感できるのは
大ヒットした、映画「君の名は。」とは、この映画を作った日本人とこれを観る日本人だけが実感できる話で
あり、台灣人にとっては「人格の入れ代わり」の部分だけが面白いにすぎない。
「前世とか前前前世」なんてことは、「何億・何万光年ものあいだ(RADW INPS )」日本人(縄文人)として生きて
きた私たちだけが実感できることであり、混血に混血を繰り返し、それこそ何億もの血が入り交じり、自分のア
イデンティティを特定できない人間には、まったく実感がわかないのです。
小説「西遊記」に述べられているように、自分の前世や来世が豚なのか猿なのか魚なのか、あるいは人間なの
か。たとえ人間であったとしても、中国人・モンゴル人・朝鮮人・ベトナム人等々、かれら大陸人(中国・韓国
・台灣人)にはまったくわからない。中国人だけでも何百と部族がいるのですから。
だから、彼らは宗教というソフトウェアによって共通の意識・価値観を持たなければ、バラバラで収拾がつか
ない。血の中にアイデンティティがある日本人とちがい、かれら血の入り交じった人間は、宗教というソフトウ
ェアでアイデンティティを持たなければならないのです。
なぜ、混じり合わねばならなかったのか、と言えば、それは生き残るためです。戦争と友好、民族・部族同
士の殺し合いと和解・結婚の繰り返しこそが、大陸人(中・韓・台灣人)の歴史です。
火山と地震、山ばかりで平地が少なく雨ばかりで湿気が多い。そういう自然環境を嫌い、広い大陸で伸び伸び
と住むことを選択すれば、当然、多くの民族もまた大陸に集まる。
そういう多くの民族が集まる場で競争してきたから、大陸人(中・韓・台灣人)は政治がうまい。ひとり一人が
政治家というくらい、女子供まで世故に長け世渡りが巧い。台灣に多く住む客家などという種族は、中学生くら
いで政治家並の嘘を平気で言うほどです。
純血の日本人とは、文化力や文学力をベースにした科学技術力では大陸人(中・韓・台灣人)に卓越していま
すが、国際社会の中では「のび太」並に人づきあいは下手。「日本のエリートは12歳の子供」とハーバードで評
される由縁は、彼らもやはり純日本人であるからなのでしょうか。
  ディーン・マーチンは言いました。
  「オレはニューヨークが嫌いだ。エレベーターが多すぎる。オレはエレベーターを信用し
ない。人間が月へ行くなんて信じられるか。俺は嫌だね。」
  私もまた、地球の歴史は45億年で、宇宙の歴史は138億年なんて「科学」よりも、「何億、何
光年分の物語を語り、一生どころか何世でも生き抜く(RADWINPS)」という、日本人(縄文人)の
壮大な物語(ロマン)を信じたい。
2016 年12月01日
「牛に引かれて善光寺参り」
粋な言葉に誘われて、(日本)文学や文化という世界に迷い込んだようです。
むかし祖父さんが話してくれた、満州お菊や妲妃(だっき)のお百、お嬢吉三にお坊吉三、弁天小僧に河内山、
(死んだはずだよ)お富さんという、懐かしい綽名(あだな)も、閉じた瞼(まぶた)に浮かんで参ります。
日本の若者文化の代名詞、フォーク・シンガーたちの熱い心を優しい言葉とメロディーにした歌の数々も久し
ぶりに聴き返し、海外にいて日本人の文化をしみじみと味わうことができました。
昔話をするようになったらヤキがまわった証拠だよ、なんて言ってたことがありましたが、今や自分がそうな
ってきたようです。
しかし、大学日本拳法のブログや、道場で汗を流す小学生の写真に「若者らしい心・日本拳法らしいストレー
トな心」を見て、戦いの心・前向きな精神が思い出となって再生されるのであれば、まんざら悪くないかもしれ
ません。
2016 年 8 月
大学日本拳法部のマネージャーや部員自身、或いは日本拳法道場主の方々によるブログすべてが個性的なスタ
イルをもち、新鮮でリアリティに溢れている。自分自身が大学で日本拳法をやっていたこともあり、同じ目線で
人や出来事を見れるという安心感と同時に、過去と現在の自分が彼らのブログを通じてつながるといった楽しさ
があります。
2015年8 月15日
平栗雅人
1. 成りきり大賞
「 成りきる」といい、モノ真似のことではありません。
彼女たちは、人(選手)と場(練習場・試合会場)に「心で」一体化している。そこにはマネージャーとしての活動以上に
、人の心や場の雰囲気を精神的に理解しようと努力する人間の、真剣な姿があります。(宮本武蔵は、これを「敵になる
」(五輪書・火の巻)と言いました。)
古館一郎が嘗て、自分で実際にプロレスをしていなくても、実際のプロレスラー以上にプロレスを語れたのは、彼の身
も心も目の前のプロレスと一体化していたから。
或いは、禅の修行とは、たとえば、自分で剣による殺し合いを せずとも、武士以上にその精神の体得を目指す、とい
うことであり、単に知識の受け売りやモノ真似ではなく、形而上的に対象に成りきる、相手の心・精神と一体化すること
にあります。
禅の飯の種でもあるこのプロセスを、ネットという広大無辺の環境のなかで、坊主以上に無心で行う姿に出会うとは、
まさに「人身受け難し今すでに受く 仏法聞き難し今すでに聞く」。学びというものは、身近なところにあるものです。
「前期納会」という文章は、これまで彼女たちが選手を助けながら自身で行ってきた自主的な精神鍛練の成果であり、
一つの過程ともいえるのでしょう。
純粋な魂だけが持つことのできる緊張感と、これを打ち破って前へ出ようという強い意志、そして、それを支える知性と
謙虚さによって達成しうる冷静さが、簡潔でリズム感のある文章に表れています。しっかりとした自己を持つ大学生と
いう印象とともに、「中央突破」「脇道ではなく天下大道を行く」という、この大学の精神をも見るようです。
前期納会
2015.07.04 Saturday  03: 47
URL: http: //chuo-kempo.jugem.jp/
「シートン動物記」や「ファーブル昆虫記」とは、(五感による)科学的な観察を越え、心で対象と一体化した文学と言
えるほど、作者の心が動物や昆虫に成りきることで、生き物たちの心、その存在感が伝わってきますが、「前期納会」と
はまさにこれです。
また、紫式部や清少納言の作品とは、文章の美しさやロマンチックな表現力ということ以上に、人や自然にすんなり
と感情移入できる彼女たち日本人の文学的感性に、千年の時空を超えて、私たちは心を打たれるのではないでしょうか。
黒澤明の映画「姿三四郎」で神社でひたすら祈る娘や、「一番美しく」で、神の如くに純粋な心をもつ女学生たちが、
(工場で)真摯に戦う姿に日本女性の姿を見てこのブログを連想してしまうというのは、過度の感情移入ですので、なにご
ともこうした行き過ぎには注意しましょう。
2. 兄貴登場
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O B総会報告
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元気のいい「お兄さん」たちが登場しました。江戸の火消しのような生きのいい若手OBたちが、現役の部員と同じブロ
グを共有するという画期的なスタイルを携えて。
時計職人の祖父に手を引かれて歩いた昔の浅草には、こういう若い衆がどこの店や通りにも沢山いらしたものです。ド
ン○のネオンによる明るさではなく、そこに住む人間の活気で明るい時代でした。
かつて、「(日大の)ショットガン」や「ドラゴンフライ」といった、画期的な戦法で日本のアメリカンフットボールを
面白くしてくれた、篠竹監督率いる日大のアメリカンフットボール部「日大フェニックス」。彼らを思い出させてくれる
、いかにも日大らしい斬新な「攻撃」です。
なにしろ、このブログに登場する現役というのが、思いっきり突っ込み所のある学生で、「昔の日大」の面影があるOB
氏とはいかにも対照的。彼ら二人はまるで、テレビドラマの銭形平次と子分のガラッ八、映画「スターウォーズ」におけ
るハン・ソロとC-3POのようです。
それにしても、試合で足を骨折しながらも選手と心を一つにし、入院先の「病院で日本拳法をやる」というのは、凄ま
じい。関が原の戦いで、病気の身で戸板に乗せられて戦い抜いた戦国武将、大谷吉継のようでご立派です。おまけに、く
だくだ文句を言いながらも、執念深く3階の学連の打ち上げ会場まで階段を松葉杖で這い上がり、ちゃっかり美人の隣に
割り込むとは恐れ入る。スポーツマン精神を持ちながら、人間臭いどろどろとした政治的な駆け引きも要求される「学連
委員」にピッタリの人間かもしれません。他の大学のマネージャー達と同じく、日本拳法を面白くしてくれる貴重な存在
といえるでしょう。
昨日は学連の納会!
http: //ameblo.jp/nichidaikenpo/entry-12053091721.html
「宮本武蔵」という名は、「60数度の戦いに無敵であった」という数字だけでは残らなかった。「二天記」という文
学書があったからこそ、数字という骨格に肉がつき、事実は物語となることで、この400年間、人々の頭ではなく心の記
憶としてその名は語り継がれてきました。
スポーツ競技である以上、また、大学やOB会からの支援を得るためにその存在感を示すという点からも、試合の成績や
部員数といった数字が重要なことは論を待つまでもないことですが、練習や試合における個人の孤独や集団としての
忍従・忍耐といった、数字や写真ではとらえきれない「汗(努力)」の部分に光を当てることも大切ではないでしょうか。
更には、他愛のない出来事やバカ話にさえ、教室での授業からは得られない学びが隠されていることもあります。表計
算による事実・数字という記録と、ワードという文章による心の記録が両立してこそ、ロボットではなく人間(による
活動)の記録になるのです。
はるか二千数百年の昔、車輪を支える空間の大切さや建物における空間の意味を「老子」は説いているではありません
か(第十一無用の用)。
元気のない者に元気を与え、元気のいい者はより元気になるのが体育会。こういう活気のある若い人たちが数字に命を
吹き込み、文字に力を与えてくれる。これからの日本拳法を面白くしてくれるに違いありません。
日大フェニックスについてせっかく思い出したので、それを書き記しておきましょう。
「思い出は一瞬のうちに 日大フェニックス編」です。
3. 廬山は煙雨浙江は潮
40年前の日大フェニックスとは、当時、私が専大のアメリカンフットボール部の友人から聞いた話からすると、(こち
らの大学の日本拳法部と同様)非常に恐ろしいイメージを持つ集団でした。
しかし、その恐ろしさとは、日本人の美徳が姿を変えたものなのかもしれません。
昭和50年代、東京・杉並は下高井戸にある、日大フェニックス合宿所での夕食風景。
ごつい身体をした選手数十名が、数列の細長いテーブルに向かい合い 、黙々と飯を食っています。
上座で学生たちの方を向いて座る篠竹監督は、きょう関東の○○学院大学との試合に73対3で大勝したにもかかわらず
、すこぶる機嫌が悪い。
この監督は「学院」という名前が大嫌いなのです。早慶が互いにライバル意識を持つ、なんて生易しいものではありま
せん。アメリカンフットボール関西の雄、○○学院大学とは、当時の日大が常に日本一を争う宿敵であり、監督にとって
は親の仇にも匹敵するほど憎らしい存在でした。ですから、「学院」という名がつく学校に、たとえフィールドゴール一
回とはいえ、3点も取られたことに我慢できないのです。
二杯目を食うころになっても、大勢の男たちがひしめき合うこの食堂では、箸の音ひとつ聞こえません。それはまるで
、汁碗の縁(ふち)を歩く「ハエの足音を聞き」ながら食事をする、禅寺の雲水たちのような静けさです。
食卓についた時から怒りで顔を真っ赤にし、独りでぶつぶつ呟いていた監督は、突然、「お前だ !  」と大声で怒鳴
るや、目の前にある(南部鉄製のずっしり重い)灰皿を、数人先の学生に向かって投げつけました。
ショットガン生みの親が投げたボールならぬ鉄の塊は、灰をまき散らしながら、 「ゴツッ」という鈍い音と共に、ヘ
ルメットをかぶっていないDF(ディフェンス)の額を直撃したあと、数メートル先の飯櫃(めしびつ)に当たって畳の上へ転
がりました。額からは、日大フェニックスのユニフォームと同じ真紅の血が勢いよく「ピューッ」と吹き出し、対面に座
る選手の顔を濡らし、丼の白米をみるみる鮮やかな赤飯に変えていきます。
しかし、監督と血まみれの二人、そして灰を被った学生たちを含む全員が、従前と全く同じ姿で、黙々と飯をかき込ん
でいます。
食堂の壁には、
廬山は煙雨浙江は潮(ろざんはえんう、せっこうはうしお)
未だ到らざれば千般恨み消せず
到り得て帰り来れば別事無し
廬山は煙雨浙江は潮
という、もっぱら禅における悟りの境地について引用される、蘇東坡の詩が掛かっています。
数分後、食事を終えた監督が独り出て行くと、噴水が止まり、今度は顔面を伝わり顎(あご)から血が垂れ流し状態にな
っていた学生は、箸と丼を持ったまま、白菜の漬け物が盛られた大皿にパタリと顔を埋めました。
阪神淡路大地震のときでさえ坐禅を続けたという修行僧以上に、恐怖や怒りや悲しみを超越した、まさに死を覚悟した
サムライたちの、凄まじいまでもの集中力といえるでしょう。
翌朝、グラウンドでは、いつものように、篠竹監督の怒号と学生たちの元気のいい声が聞こえてきます。隣接する建設
現場では、紫髪や金髪にニッカボッカ(職人さんの穿くだぼだぼの作業ズボン)姿で筋肉モリモリの男たちが、これまたい
つものように「まるでケンカだよ」とか「よく死なねえな」などと、足場の上でタバコをふかしながら小声で呟き、「静
かに」学生たちを眺めています。(工事が始まった頃、あまりのハードな練習に驚き「おいおい、可哀相じゃねえかよ
」と、ひと声叫んだところ、学生たちにボコボコにされたからです。)
もちろん件(くだん)の学生も、日本拳法と同じく重いプロテクターをつけて別事無し。いつもと変わらず、いや、いつ
も以上に激しいぶつかり合いをしています。野球ボールのように膨らんだ紫色の額に、小さなバンドエイドを貼って。
禅の高僧臨済は、警策(木の棒)で師にしたたか打たれてのち、悟りを開いたといいますが、彼もまた、何か吹っ切れる
ものがあったのでしょうか。
(この話は、40年前に友人から聞いた話を思い出して書いた、創作・フィクションです。登場人物や学校についての事
実を、必ずしも正確に伝えるものではありません。)
これは確かに恐ろしい話です。しかし、見た目は恐ろしくて残酷ですが、「イジメ」や「虐待」では 、決してない。私
たちが称賛する「愛」と「闘争心」、「信頼」と「協調」の精神が、極めて日本的なスタイルによって表現されているに
すぎないのです。
篠竹監督も学生たちも、全員が「甲子園ボウルで勝つ」という目標に向けて心をひとつにし、必死になって自分や敵
と戦っていた。みな自分で自分の心にドライブをかけ、死と隣り合わせの真剣勝負をしていたのです。「イジメ」など、
やってる暇はない。そんなものに心を押しつぶされていては、(命をかけた)試合に勝てないのですから。
荒くれ者が多い(昔の)飯場の職人さえ地獄と見た、日大フェニックスの過酷な練習に明け暮れる毎日とはしかし、モー
ゼに率いられた人々が苦しい砂漠の旅をしていた時と同じく、仲間との強烈な目的意識と、指導者に対する絶対の信頼感
による心の一致がもたらす「天国」だったのかもしれません。
人の幸せをその精神性に求めた偉大な作家、ドストエフスキーはいいました。「コロンブスが(真に)幸福であったのは
、彼がアメリカ大陸を発見した時ではなく、それを発見しつつあった(苦しい航海の)時だ」と。
彼らの集団行動とは、もちろん宗教ではなかったし、強制収容所とも違っていた。精神的に自立した大学生が、自由で
はつらつとした健康な明るさの中で、戦いと協調という矛盾した精神をいかに合理的に発揮するかという学びを、教室で
教えてもらうのではなくグラウンドや合宿所で、お仕着せの教育ではなく自分たち自身のスタイルで行っていたのです。
形而上的な意味での「(1970〜8 0年代の)日大フェニックス」とは、類まれなる闘争心と徹底した犠牲と協調の精神、そ
して、いかに敵に勝つかという目的意識における驚異的な集中力がもたらした真のブランドであり、美しい雪の結晶のよ
うに、純粋な努力の精華でした。
戦いにおける勝利と敗北とは、紙の裏表。究極の一点では、コンマ一秒、1ミリという紙一重の差で天国と地獄に別れ
る。そしてこの分水嶺を超えるのは、知性や技術・体力以上に、それらを活かす精神力(気合い)にかかっているというこ
とを、私たち日本拳法人は身をもって学んできました。
試合前の強烈な緊張感を自由闊達な攻撃ができる柔軟な心に開放し、敗北への恐怖を勇気と自信に変える。その精神的
な鍛練を、フェニックスの面々は、まるで僧堂における禅坊主のように、常住坐臥、毎日の生活のなかで行っていたので
す。
アメリカン・フットボールというのは、決まった方程式をその通りに実行すれば、誰でもある程度の成果が出せる。野
球では絶対と言っていいくらい勝てない東大が、アメリカン・フットボールではそこそこ勝てる、というのはそういうこ
とです。
優れた知性と体力を持つ「ロボット」一人一人が機械の部品のように、決められた役割分担のなかでプログラム通りど
こまで機能できるか。パスプレーにしても、走る距離とパスするタイミング、受け取る位置はきっちり決められている。
だから、完璧な部品として機能しない者は、即、別の部品と交換される。約1.5時間の試合における攻撃のパターンはあ
らかじめプログラム化され、それをコーチの指示によって忠実に実行する。
このあまりにもアメリカ的な「戦争ゲーム」に対し、独立した感性を持つ「人間」全員が以心伝心という強力な絆で連
携し、精神力で敵を乗り越えようというのが日大スタイルでした。
何人かのレシーバーが散弾銃(ショットガン)の弾丸のように一斉に飛び出し、その誰にどのタイミングでボールを投
げるかは、一瞬のスキを衝いたアドリブで決める。「アドリブ」といい、気まぐれではない。コンピューターのプログラ
ムによる機械的な必然性ではなく、人間が持つ「自然の摂理ともいうべき必然」の通りに生きた組織が機能する。西洋的
な技術ではなく日本的職人芸によって、柔軟で個性的な動きで敵を翻弄する。これはチーム全員の心がつながっていない
とできない芸当であった。
日大フェニックスの行っていた、一日に10数時間の練習とは、型(フォーメーション)を覚えるだけでなく、技術を使い
こなす為に必要な個人の精神力と、連係プレーで勝つことを目指した全員の心の一致を目的としていた。数十人の学生
の心を類まれなる指導力でまとめ上げ、強力な精神力によって、いかにも日本的なスタイルを完成させたのが篠竹監督
でした。
ボールを持つ人間を生かすために、全員が死ぬ覚悟で突進する。数式通りに動きながらも、積極果敢に機を見て、自分
で死にに行く。
「何が飛び出すかわからない」。
日大(のショットガン)が他と違うのはそこにあった。だから、当時の日大の試合は面白かった。日本でいま一つ人気の
出なかったこのスポーツを面白くしたのは、日大フェニックス最大の功績でしょう。
「心で勝つ」とか「精神力」というのは、日本では会社でも学校教育でも廃れてしまっていますが、アメリカでは今も
健在です。
たとえば、ハーバードやMIT出身の一流企業の経営者でさえ、否、そういう知性の塊のような人間であるからこそ、数
人のチームで一週間かけてゴムボートで急流を下るというような、単純且つ泥臭いトレーニングをして精神を鍛えている
。目的地に着くまで藪の中で野糞をし、急流の中で必死に櫂をあやつり、助け合ったりケンカをしながら、ケガや命の
危険を直(じか)に感じ、知識や情報ではなく、人間として根源的に備わっているはずの、野生の本能を呼び起こそうとす
るのです。
(その意味で、痛くて苦しい日本拳法とは、知識でおでこが膨らんだエリートたちが、少し血を抜くために(その知識の
量に見合う精神性をつけるために)行うべき、日本的な「急流下り」となりうるのかもしれません。知識や学歴から開放
され、3分間、思いっきりケモノとなりクレージーになって殴りあうことで、社会的な人間ではなく、本来の人間として
の野生の本性を甦らせることができるでしょう。)
今の日本には、「のび太」のような気迫のない人間が、公務員でも民間企業でも「エリート」として権限を持つ地位
に就いている。気弱だが権力だけは持っている。そんな日本人が「ジャイアン」というあだ名のアメリカにいじめられ、
「スネオ」という(虎の威を借る)韓国人にたかられ、優しくしてくれるのは「しずかちゃん」という台灣人だけ。「ドラ
えもん」という技術力だけが頼みの綱。
もっとも、「のび太」に「日大フェニックスの精神」が宿れば、もともと技術力は世界一なのですから、日本は「ス
ーパーマン」になってしまうでしょうが。
(40年前の)「日大フェニックス」とは、アメリカン・フットボールという、技術や体力を計量化し人間を数値化して管
理する、いかにもアメリカ的なスポーツに打ち込まれた「日本的精神」という楔(くさび)であり、日本がアメリカ化して
いくことに対する日本人最後の抵抗と復活への信念であったのかもしれません。
私たち日本拳法人は、武道という世界、日本拳法というアプリケーションを通じ、「死ぬ覚悟で戦い、且つ生き残る
」という真のサムライのもつ精神力と、日本人らしい柔軟で豊かな発想(文学力)による、個性的でクリエイティブな戦い
を見せてくれた「日大フェニックスの精神」を、私たちなりのスタイルで追求していきたいものです。
4. 大学日本拳法界の北の湖 <編集中>
昭和五十年ころの相撲界には、北の湖という大横綱がいました。とにかく強い。あまりの強さに、彼が土俵へ向かう通
路を歩いていると、小学生から「北の湖負けろ !」と野次られたくらいだ。
北の湖はそのヤジに、逆に奮起してますます勝った。すると、ますます大衆から憎まれる。ところが、晩年、負けが込ん
でくると今度は「北の湖頑張れ」という声援が多くなる。すると今度は、かえって情けなくなって相撲に力が入らなか
った、という。
やはり、「憎らしいくらい強い」。こういう人やチームがいないと、面白くありません。
試合だけでなく、ブログでも一番になるという、ここの貪欲な・前向きな戦闘精神には敬服し
ます。
横綱とは、つっぱられようが、組まれようが、どんな攻撃でも一旦それを受け止めてから、自分
の相撲にしてしまう。これがいわゆる横綱相撲です。
<編集中>
5. 新 純粋大賞
気合いの大切さ
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「風林火山!日本拳法!」阿波道場・今治拳友会合同練習2
「気合いの入れあい、せめぎ合い。」
2人の男の子の獅子の咆哮。非常にいい顔です。
大学生にも負けない気合い。子供たちの熱気が伝わってきます。
大学では体力をつける、肉体を強化する、技術的に日本拳法を追求するという面が重視される
ようですが、やはり小学生は純粋な精神の鍛練( 礼と気合い) なのでしょう。
大学日本拳法で、関西の大学が強い( 関東勢に勝つことが多い) というのは、技術的な面よりもむ
しろ、こうして子供のときに「元気・気合い・ガッツ」「大きな声を出す」といった、日本拳法
のみならず、武道・スポーツに共通の「精神的な原理原則」を鍛えているから、と考えてみても
いいかもしれません。
「三つ子の魂、百まで」
技術を教えるのは難しいが、目で見せることのできない精神を伝えるのは、これまた難しい。
しかし、戦いの精神・やる気・元気・礼の心といった精神的なものは、頭で考えがちな大学生
時代よりも、むしろ、スッと無心になれる小学生くらいの方がすんなりと受け入れることがで
きる。「門前の小僧、経を覚える」といい、子供は頭で理解して記憶するのではなく、以心伝心
、心と身体で染まりやすいものだから。
「教外別伝・不立文字」
まるで、禅の修行のように、言葉でも文章でもなく、生徒をうまく刺激しながら、その内なる感
性を引き出す。これは、たとえてみればシルクハットのなかから兎を取り出すくらいの、まさに
マジックともいえるほど、不可解で難しい「教育・学習」なのです。なんとなれば、 指導者の技
術的知識以上に、その指導者の人間性・心の豊かさが要求されるからです。
子供たちの純粋な心を励起させ、楽しませながら厳しさを教えるというのは、子供以上に純粋
な魂、明るい心、伸び伸びとした精神の持ち主でなければならないのでしょう。
お盆・ザ・サタディナイト・ニッポンケンポウ!
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8 月13日土曜日。天気は快晴、最高気温は34 度。
今治拳友会は年中無休、お盆休みはありません。( 笑)
お盆・ザ・サタディナイト・ニッポンケンポウ!
武道の精神は、礼に始まり、礼に終わる!
小休止の前の一礼!
礼がきちんと出来なかったり、大きな声が出なかったら、休憩取り消し!
やる気!元気はエンドレス!お盆・ザ・サタディナイト・ニッポンケンポウ!
指導者の無心と子供たちの純真さが一体となっている様子が、うかがえます。
指導者と生徒の心の交流
井上康生監督率いる日本柔道チームが、2016年のオリンピックでうまくいったのは、ひとつに
は彼が選手たちと同じ心になれた、という点にあるのではないか。
指導者ではあるけれど、自分の心は選手たちと同じ目線、というよりも、どっぷりと彼らの心
に浸っている。指導者という立場にありながら、選手と同じ心になっている。
この一体感が、独創性( 気合い) と協調性( 礼) という相反する力を同じベクトルにすることができた
にちがいない。
日本人の場合、大学生や社会人クラスであっても、なんとかゲイツとかスティーブ・ジョブズ
といった「カリスマ的指導者」よりも、同じような身分・給料で職工や親方たちと一緒に徹夜し
、汗を流した本田宗一郎や盛田昭夫のような「日本的指導者」の方が、心と心の触れ合いの中で
皆で良いものを作り出していけたのではなかったか。
かつての日本人とは、自分の努力に対する成果として受け取るものが、現金やストック・オ
プションといった実利よりも、やりがい、充実感といった「男のロマン」的な方に魅力を感じた
ものですが、それはいまでも、そしてこれからも、たとえ外国人がなんと言おうとも、日本人と
して捨て去ることのできない特性なのだ、と思います。
Fi ght  Di ar y 美しい「気をつけ!」「礼!」
URL:ht t p://www. i m abar i -ni pponkenpo. com /di ar ypr o/di ar y. cgi ?no=1620
小学生らしい、ピュアな心が発散されている、といいますか、非常に大きな存在感のある、心
が洗われるような美しい写真です。
やはり道場には、人間臭い仏像ではなく、シンプルでピュアな神棚がよく似合うようです。
日本拳法をやっているから、こんなに純粋な顔になったのか、純粋な心の持ち主だから日本拳
法に打ち込めるのか。恐らく、両方なのでしょうが、是非ともこの少女が、おばあちゃんになる
まで「日本拳法の心」を継続して持ち続けてほしいものです。美しい心を維持するための機会や
場や出会いが、これからも増えますように。
「雨は降れども身は濡れはすまい。さまの情けを笠に着て散りゆく花は根に帰る。再び花が咲
くじゃない」
私たちが長い人生の末に行き着こうとしているのが、仏教の悟りであれ、キリスト教の天国で
あれ、もと来た魂( 精神的境地) であるとするならば、こういう純真な心こそ、悟りや天国といった
捉えどころのない目標よりも、ずっと身近に感じられるではありませんか。
良寛は、晩年「子供の純真な心こそが誠の仏の心」と言い、子供達とかくれんぼや手毬をつい
たりして遊んだといいますが、こちらの道場主も同じような心境なのでしょうか。
日本拳法の技術と精神を教えながら、子供から純真な心をもらう。武道によって子供の純真な
心をより励起( 活性化) させる。日本拳法に限らず、道場というのは日本の教育の原点、本来の教育
のあるべき姿といえるでしょう。
江戸時代の寺子屋というのは、葬式という本来の仕事のほかに、幕府から人別帳管理の仕事を請
け負ったり、夜は博打場を開いて「寺銭」を稼いだりと、とかく人間臭くなりがちな当時の坊
主が、案外、自分自身の魂を救うためにやっていたのかもしれません。
6. 真摯・真面目大賞 編集中
日本人らしい、真面目さ、こだわり。
編集中
7. 国際化大賞 <編集中>
こちらのブログでは、メキシコやカザフスタンといった海外の日本拳法も紹介しています。地方の人間の方が、世界に
目を向けている。
なぜカザフスタンで日本拳法なのか、と考えると、やはり彼らは今でもモンゴルと国境を接しているだけあって、い
まだに「ジンギスハンの恐怖」に悩まされているのだろうか、と考えてしまう。
13世紀に始まったモンゴル帝国による周辺国への侵略は、わずか100年足らずの間に燎原の火のように広まった。かつ
てモンゴルの侵略を受けた中國・朝鮮、ロシア、そして欧州諸国は「ジンギスハンの恐怖」から今も逃げている。あの
悪夢は彼らのDNAの中に刷り込まれ、現在に至るまで彼らの深層心理の中に深い傷となって残っているのです。
<編集中>
8. 愛の(力で嫉妬に勝つ)大賞
矢野杯
2016-05-29 23:14:40
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一般に、同期や後輩のこと(性格や成績)を紹介するときには、誰でも「嫉妬」という心理が働き
ます。
私がキリスト教信者でもないのに「聖書」のことをとかく話に出すのは、この嫉妬について、そ
のはじめに書かれているからです。人間関係で、先ず第一に注意しなければならないのはこれ
だよ、と教えてくれているのです。
旧約聖書の第1章は天地創造の話(神の偉大さ)、第2章はアダムとイブ(女は男の分身)、第3章は蛇
の誘惑、そして第4章は「カインとアベルの話」。
カインは神への貢ぎ物のことで、弟アベルに嫉妬してこれを殺してしまう。金や物や女の取り合
いで人を殺すのではなく、嫉妬という、いってみればただのヤキモチ(心)です。これが殺人の動機
というのは、いかにこの感情が危険であるかを警告しています。
人間の最も根源的で、人間関係において最も重要な(避けがたい問題)として、「嫉妬」を第一
に持ってきているのです。
私自身は、子供のときから楽天的な性格であったせいか、別段、嫉妬という感情は起こらない。
他人に負けたり先を越されて、そのせいで悔しがるくらいなら、自分は別の道を行くというスタ
イルでした。神への貢ぎ物で負けたのなら、別の貢献のしかたで神からの信頼を取り返せばいい
、という考え方です。
「Goi ng my way」でしたから、会社という組織では当然「異端児、自分勝手、傲慢」と言われて
つまはじきにされ、入社後の一年間は、それこそ磔にされる直前のイエス・キリストのような
状態。優しくしてくれるのは土曜日オフィスに来る掃除のおばさんとおっさんたちだけ、という
状態でした。ところが、この落ちこぼれがいつの間にか営業成績で一番となり、会社の宝なんて
お世辞まで言われるようになったのは、ひとつには「人を恨まない、嫉妬しない」という、生来
のお気楽バカの性格が大きかったと思っています。
大学時代、日本拳法でバカみたいに面突きばかりやっていた者が、逆に殴り合いをしないで(競争
しないで)勝つ道に精進できたのは、ひとえに、この余計な感情がそれを邪魔しなかったから、な
のかもしれません。
さて、この記事もまた、嫉妬心を感じさせない、大変気持ちの良い内容になっています。
矢野杯
2016-05-29 23:14:40
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優勝の字を赤文字で強調したり「優勝おめでとう」と素直に言って、アップで写真まで掲載する
、同じ女性の栄誉をここまで素直に喜ぶことができるというのは、女性にしては大した器量とい
うか、学校がキリスト教ゆえ、「愛」のおかげなのか。
因みに、もし30年前にブログなんてものがあったら、仲間の名誉・栄誉に対して、この私はいっ
たいどんな記事を書いていたであろうか・・・。
号外  !
毎年12月、東京は後楽園ホールで開催される「日本拳法全日本選手権大会」。
「紅白歌合戦に出るよりも難しい」と言われたこのビッグイベントへの出場権を、なんと今年は
、我らがキャプテン中村伸太郎君(二段)と同期の小松正治(二段)君の二名が獲得しました。
大学のある東京の白山駅周辺では、毎晩のように提灯行列が練り歩き、明治38年の日本海海戦に
勝利したときのような盛り上がりを見せている一方、大学の日本拳法関係者は冷静な反応を見せ
ています。
あるOBは、
「中村が全日本 ?   民謡大会か ?」
(中村は声の良さでは定評があった。会津追分は彼の十八番(おはこ)の一つ)
時のOB会長である山本先輩からは
「筆書きの中村の年賀状は素晴らしい」とのコメント。
(自称「福島の弘法大師」。字と人格の一致が見られない、という評価もある)
「中村・全日本」という二つの単語。ここから日本拳法が連想されないというのは、当人の不徳
の致すところなのか、多様な才能のなせる有徳の厄災か。
あるいは、春のリーグ戦で二部落ちの予想を覆し、なんと一部リーグで優勝なんぞしてしまい、
東洋大学日本拳法部始まって以来の快挙をなし遂げた名将、中村に対する逆説的賞賛(早い話が
嫉妬)なのか。
いずれにしても、諸先輩方の反応には、洒落や諧謔とは思えない、極めて自然な素直さがありま
した。
尚、未確認情報ではありますが、息子伸太郎の全日本出場を強く希望する父亀太郎が、福島は二
本松市にある先祖伝来の田畑を売り払い、1億円を日本拳法協会に寄付した、という話も伝わって
います。
また、「全日本で圧倒負けが見られる、最初で最後のチャンス」ということで、大きな大会には
必ずトトカルチョを張ることで有名な、日大・東洋の元主将・副将の四人(現役時代はトトカルチ
ョ4兄弟と呼ばれた)は、いまから仕込みに余念がない、という情報も。
(注  :  圧倒負け → 一方的に7本取られて3分経過しない内に終了。野球で言うコールド負けのこと。
)
しかしながら、中村には「審判をにらみつけて判定を覆す」という、「白眼マジック」なる必殺
技があり、1億円との相乗効果によって、むしろ決勝戦まで進むという大どんでん返しの可能性す
らある、ということで、予断を許さない。
顔で日本拳法をやるというくらい、リング上での図々しさはモハメド・アリ級と言われた中村が
、果たして今回の全日本をどこまで盛り上げてくれるかに、大きな期待がかかっている。
中村・小松両人の冥福を祈る、ではない、健闘を祈りたい。
(東洋大学日本拳法部 同期・後輩一同)
色即是空・空即是色と言えども、人間世界から色や欲を取ったら面白みもなくなってしまうので
、この程度の「嫉妬」なら善しとしようではありませんか。
<中村と小松の全日本出場というのは事実です。実際、全日本では二人ともいい試合をしました。
>
9. 文学大賞
文学大賞
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季節感
日本文学を代表する作家、芥川龍之介の小説といえば、まずなんといってもその季節感の素晴
らしさにあります。
縄文人3万年の心の歴史を受け継いだ芥川ならではの、時間に対する鋭敏な感性とは、日本人だ
けにしか通じない符牒( 暗号) のようなものです。
( 日本の本当の) 寿司の味は、日本人にしかわからない。トマトケチャップやマスタード、キムチ
や味精( 台灣の味の素) で、舌が万年麻痺した欧米人や大陸人たちに、寿司や日本のラーメンを本当
に味わうことができないように、日本人の季節感というのは、3万年の孤独という精神的裏付けの
ある日本人だけが味わえる「時間の味覚」なのですから。
大学日本拳法のブログのはじめに書かれた、短い時候の挨拶でさえ、台灣という季節感のない
国に住むいまの私には、日本へのなつかしさと新鮮な時間を感じさせてくれるのです。
2014 -12-03
街中はクリスマスイルミネーションが華やかな季節となりました。あのなんとも刺激的な銀杏
の臭いに耐えた者のみ見ることを許される素晴らしいイチョウ並木がキャンパスを彩っています

2015-04 -15
花の盛りもいつしか過ぎ、春雨が音もなく降っております。
2015-12-30
本日の高田馬場は快晴でございました!(  → 冬晴れという清々しい季節感と、高田馬場、いや
日本の空は我らのもの、いう気概が重なっています。)
2016-06-23
夏至も過ぎ、今シーズンも残すところあと10日となりました。
このさりげない言葉( 短い文章) だけで、お互いの心のレベルを一致させることができる。茶道に
おける客と主人の心の一体感。日本拳法における一瞬の礼の瞬間。
これこそ、ツーと言えばカー、阿吽の呼吸ともいえる、日本人同士の心のプロトコール( コ
ンピューター通信におけるやり取りの規則・手順) 。時候の挨拶だけで立派な文学( 文字・文章を介
して心が通いあう) になっています。
なにが文学的か 心の表現
( 短い文章で) 人の心を表現するのを文学というならば、
ジュリアス・シーザーの「来た、見た、勝った」もまた、伝達文として一級の価値があると同
時に、素晴らしい文学といえるでしょう。彼の躍動する心が見事に表現されているからです。
モハメド・アリが、生前ハーバード大学における講演の最後に即興で作った「Me, We ( 私、私
たち) 」という( 世界で一番短い) 詩もまた、日本人宮本武蔵と同じく、戦いを文学的に捉えた( 敵の
心を見て戦った) プロボクシング世界チャンピオンの面目躍如たるものがあります。
そして、アリは自分一人の為に、独りで戦っていたのではない。リングの上での戦いは一人で
も「One f or  Al l .  Al l  f or  One」だったのです。
なにが文学的か ユーモア
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「はいた〜い!!^^* 」
私は他に言葉を知らないのですが「敗退」のことなのだろう。
自分たちの敗北をここまで冷静に、明るく、前向きに受け止めることができるというのは、ま
さに「神の目線」といいますか、日大の豪気さか。
日本人というのは、大陸系のアジア人のように、人前で大きな声で泣きわめくということをし
ません。悲しみが深ければ深いほど、それをじっと胸の奥にしまい込み、時にユーモアという衣
に包み込んでしまう。これこそ日本人( 日本女性) の奥ゆかしさというものなのか。それとも、たん
なるお気楽・極楽なのか。
それにしても、日本語というのは本当に面白い、奥深い言語だなとつくづく感じます。この雰
囲気というか気持ちの表現は、日本人の感性と日本語( ひらがなという大発明) によるものでしょう

なにが文学的か  文学とは物語である
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ここの学校ほど、日本拳法を楽しんでいるところはない、というくらい、みなさん楽しそうな
顔をしていらっしゃいます。
かつて、無声映画時代の名女優グロリア・スワンソンは言いました。
「言葉なんかいらないわ。私たちには顔があったのよ。」と。
合宿での理不尽さ、苦しさを乗り越えた後の喜びがある。
皆、心から嬉しそう、楽しそうな顔をしている。
冬には赤城下ろしの寒風吹き荒れる、利根川を背にした明治21年開設の前橋刑務所。
その夏の盛り、出所した兄貴を囲んで親分や兄弟分たちが記念撮影という、ほのぼのとした感じ
がよく出ています。
姐( ねえ) さんたちも嬉しそうです。
この写真を眺めている私までもが、思わず「お務め( 合宿) ご苦労さんでした」と言ってしまいそ
うになるくらい、緊張感のあとの安堵感がよく出ています。
昭和11年5月、日本中が「阿部定」の話題で持ちきりだった当時、この刑務所で務めを終えた稀
代の侠客( きょうかく) 浅草出羽屋の伊地知栄治は、出迎えの弟分から「兄貴、これからは女で問題
を起こすと指を詰める( 切り取る) くらいじゃおさまらねえ時代ですから、気をつけて下さいよ」と
冗談を言われ、「バカ野郎、こちとら4 年ぶりでシャバの空気を吸ったんだ。阿部定だろうが妲
妃( だっき) のお百だろうが、誰でもかまわねえから連れてきやがれ( 笑) 」と、けだし名言を吐いた
といいます。( 4 年の刑期とは、女性と関係ないヤクザ同士の諍( いさか) いによるものだそうです
。)
( 日本語の美しさを学ぶために、是非お読み下さい。→ 「浅草博徒一代」佐賀純一)
集合写真なのに、じっとしていられない人が必ず何人かいる、という子供のような( 純真さをも
つ) 方々です。練習ではかなり封建的・型にはめる・強圧的でありながら、一方で指導者自らが率
先して個性を主張する( バカになれる) 自由がある、という雰囲気なのでしょうか。
2014 年も同じ場所で記念写真。
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この学校のこだわりというか、物語性への( 良い意味での) 執着が感じられます。まあ、単に偶然な
のかもしれませんが。
さすがお坊さんの学校。坊主頭に黒の服が、「さまになって」います。
○○○大学とは一味違う男の世界です。
ついでに申し上げておくと ;
黒という色には気をつけて下さい。
こちらの面々のような強い心を持つ人ならいいのですが、精神力の弱い人が下手に黒を着ると
、「黒」に飲み込まれます。  陰気になって引き籠もるならまだいいのですが、逆になると恐ろ
しい。たとえば、普段はおとなしくて気の弱い男たちが、葬式( 通夜) 帰り、電車内にもかかわらず
大声で話をしたりする。  これは酒のせいばかりでなく、夜の黒や黒服によって、逆に心が高ぶ
るからなのです。いつもイジメられていた高校時代の友人が、坊主になって黒装束を着ると気が
大きくなり、酔って電車の中で暴力団関係者のような態度でいたのに驚いたことがあります。
日本拳法をやっていれば、殴ること以上に精神力が鍛えられていますから、黒に飲み込まれる
ことはない。合宿で自分を痛めつけ、皆で自分自身にドライブをかけて盛り上げた熱い心や向上
心が、過度に噴出するのを押さえる意味での「黒」ならいいのです。
合宿の最終日の打ち上げ。その直後に注意しましょう。酒をカッ食らって、そのまま朝まで寝
てしまうのが一番かもしれません。
黒( 色の服) を着こなすのは、非常に難しい。
日本人が中学・高校、そして体育会の男子生徒が黒の詰め襟にしたのには、「精神力の鍛練」
という意味合いがあったのです。黒に飲み込まれない強い精神力を部活や勉強で鍛えよ、と。
若さゆえにほとばしるエネルギーを黒色で押さえる。また、そのエネルギーが暗黒の世界へ魂
を引きずり込むことに負けないような強い精神力を鍛える。 「黒色を赤にするくらいの熱い心
を引っ張りだし、また、黒色に自分の精神を押しつぶされない強い精神力を鍛える」のです。
近年、大人が学生にブレザーなんて着せるようになったのは、社会の風潮といってしまえばそ
れまでだが、「黒の心理学」といいますか、日本人がなぜ学ランを発明したのかという、私たち
の心の歴史をもう少し考えるべきではないのでしょうか。
中国人には人民服が一番似合うように、見た目だけでも、日本人の学生は学ランが一番あっ
ている、と私は感じます。「ジョジョの奇妙な冒険」の東方丈介や億安なんて、ちょっとイタ
リアっぽいですが、文化になっているではないですか。
体育会の笑いとは
もし30年前にブログなんてものがあったとして、私が同期のことでも書こうものなら、
「同期の原君は、埼玉県は深谷という大自然の中で純粋培養された、健康と育ちの良さ、そして、数字と横文字
にめっぽう強い知性豊かなナイスガイ。彼のおウチで取れた絞りたての牛乳のように、心は真っ白、性格はピュ
アで混じり気なし、気性は明るく、いつもフレッシュな好青年。」と、ここまで書いて、
結局はそのあとに
「脳味噌がスポンジ状かと心配されるほど、超温厚なお人柄。普段の練習では農作業の牛のようにボサッとして
いるくせに、昇段級審査になると牛魔大王のような恐ろしい猛牛に変身。防具で負けなし形落ちなし。ストレー
トで五級から二段まで駆け昇った、そつの無さ(要領のよさ)は、深谷で一番、天下一品。まさに「能ある牛は角
を隠す」か、「ジキル博士とハイド氏」か。
「おまえ、牛の生まれ変わりじゃねえのか。」なんて言うと、嬉しそうに「ウシウシ(うんうん)」なんて深谷
訛りで返す、とぼけた野郎です。」などと書いてしまうのではないだろうか。
てっきりバカなのかと思っていたら、(奥さんがよかったのか)子供は二人とも早稲田を出て公認会計士という
のだから、世の中わからない。というか、バカはオレだったのか。
体育会の笑いとは
私たちが大学生の頃は、スマホなんてない時代ですから、自分で歌を歌い、自分たちで漫才をやって楽しむし
かない。
だいたい、私たち体育会系の笑いというのは、まったくあり得ないことを言い合って馬鹿笑いするという、い
わば「マルセイユの漁師たちのホラ話」と同じようなもの。彼らは、漁が終わって港へ帰ると、酒場で強い酒を
飲みながら「昨日、でかい魚に飲み込まれ、胃袋の中で一夜過ごした」なんて話を、互いに言い合っていたの
です。
たとえば、私と小松、それに合気道部のキャプテンと副将の4 人は、毎年、入試の時期になると2カ月間、大学
の入試課でアルバイトをしていましたが、昼休みになると、キャンパスのベンチでタバコを吸いながら日向ぼっ
こをし、こんなことを言い合ってバカ笑いしていました。
○○君
入学試験の会場に来るまで英語の辞書というものを知らなかった、という豪気な男。
休憩時間にはトイレでタバコをスパスパ吸い、席に戻るとすぐに東スポ(スポーツ新聞)を取り出し、「マドン
ナ痔 ? 」「マカオの夜・コンバットゾーン潜入記」なんて記事を試験問題よりも真剣に読む姿は、他の受験生に
感銘を与えた。
入学試験の会場で、生まれて初めて英語の辞書の存在を知らされた彼は「へぇー、そんな便利なものがあるの
」という一言だけで、別段驚きも失望もせず、新聞を読み続けたという。
東洋大学の青田赤道と言われた、そのいかつい容姿からは想像もできないほど、一人息子として大切にされて
きた、彼の育ちの良さをうかがわせる逸話である。
関西で予備校に通い、受験技術をマスターしたはずであったが、その割には日本史の試験で「鎌倉幕府を開い
たのは坂本龍馬」と書くほど、事実よりも政治意識が先行するほどの熱血漢である(龍馬ほどの実行力・政治力
のある人間でなければならない、という念が強すぎて、事実を無視してしまう傾向がある)。まさか京大阪で倒
幕運動をやっていたわけではないと思うのだが。
そんな彼も大学卒業後、地元では「東京(の)大学出身」ということで、自らレントゲン車を運転して農村を
巡回。頭痛の農婦や水虫に悩む漁師まで片っ端から胸部レントゲン撮影を行い、その真面目で几帳面、献身的な
姿は「土佐のシュバイツァー」と称賛された。四万十川の河口には、白衣を着た彼の銅像が、高知市の桂浜にあ
る坂本龍馬像と同じく、太平洋を向いて立っているという。
紙に書くと大して面白くもありませんが、こんな話をお互いに言い合い、「コイツはほんとにバカでよ」と
か「バカはお前だろ」なんて騒いでいたのです、しかもシラフで。酒がなくても金がなくても馬鹿騒ぎができる
。身体全体でバカ笑いしないと気が済まない。今の若い人たちはどうなのでしょうか。
日本文学に見る季節感とは
時間の推移     時間を視覚化(文字にする)力
芥川龍之介「鼠小僧次郎吉」より
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ある初秋の日暮であつた。
 汐留の船宿、伊豆屋の表二階には、遊び人らしい二人の男が、さつきから差し向ひで、しきり
に盃を重ねてゐた。
・・・・
 初秋の日暮とは云ひながら、向うに見える唐津(からつ)様の海鼠壁(なまこかべ)には、ま
だ赤々と入日がさして、その日を浴びた一株の柳が、こんもりと葉かげを蒸してゐるのも、去つ
て間がない残暑の思ひ出を新しくするのに十分だつた。
江戸に未練の残つてゐる夏は、・・・まざまざと尽きない名残りを示してゐた。
実際往来を一つへだててゐる掘割の明るい水の上から、時たま此処に流れて来るそよ風も、微
醺(びくん)を帯びた二人の男には、刷毛先(はけさき)を少し左へ曲げた水髪の鬢(びん)を
吹かれる度に、涼しいとは感じられるにした所が、毛頭秋らしいうそ寒さを覚えさせるやうな事
はないのである。
・・・・・
(そして、小一時間ほど経過したあとの同じ景色を、芥川はこの小説の終わりにこう描写するの
です。)
向うに見える唐津様の海鼠壁には、いつか入日の光がささなくなつて、掘割(ほりわり)に臨んだ
一株の葉柳にも、そろそろ暮色が濃くなつて来た。
と思ふと、三縁山増上寺の鐘の音が、静に潮の匂のする欄外の空気を揺(ゆす)りながら、今更
のやうに暦の秋を二人の客の胸にしみ渡らせた。
風に動いてゐる伊予簾(いよすだれ)、御浜御殿の森の鴉(からす)の声、それから二人の間に
ある盃洗(はいせん)の水の冷たい光・・女中の運ぶ燭台の火が、赤く火先(ほさき)を靡(
なび)かせながら、梯子段の下から現はれるのも、もう程がないのに相違あるまい。
これは日本人にしかわからない鋭敏な季節感と独自の時間感覚によって紡ぎだされた、美しい詩
のような文章といえるでしょう。
夏と冬の違いは、世界中どの国の人間でもわかります。
しかし、同じ季節、同じ日における、ホンの短い時間の経過に現れた微妙なアナログ的変化を
見て、そこに明確な季節感を感じることができるのは私たち日本人の感性であり、それを的確に
表現できるのは美しい日本語だけなのです。
URL:ht tp: / /amebl o. j p/wasedani kken/
2015-11-17 00:25:55NEW !
とうとう今週末が府立というところまで来てしまいました。
滝のような速さで時間が過ぎていきますね
府立当日は、きっと一瞬なのでしょう、、
その一瞬が、一生のたからものになるよう
いまできること全部 詰め込んで、悔いのない一週間にしましょう!
一瞬・一生・一週間と、三つの頭韻を踏んでいるところがしゃれています。
全と一の対比もお見事です。
心の中に、縄文人のようなリズムを持っていらっしゃるのでしょう。
10. らしさ大賞
2015年新入生歓迎コンパ
https://pic asaweb. google. c om /113558678567154 518538/201505#6165757024 84 24 19202
いいですね。この元気、ファイティング・スピリッツ、勇気と俠気。
自衛隊の飲み会か、警察官の忘年会かという感じですが、いかにもこの大学らしさがでてい
ます。
男だけの世界というのも、このご時世、かえって新鮮。Uボートとアメリカの駆逐艦との知
能戦、男同士の死力を尽くした戦いの映画「眼下の敵」( 1957年) を思い出します。
買い物袋を下げたアロハ・シャツ姿の御大が、なにげに足の構えが日本拳法になっています。
身から出たさび、ではなく、日本拳法が身に染み込んでいらっしゃるのでしょう。酔っぱらって
も日本拳法の構えを忘れない、というのが、なんとも奥ゆかしい。
いくら頭が良くても技術があっても金があっても、「なんだこの野郎 ! 」という気概・気迫がな
ければ、逆にこれらアドバンテージを敵に利用され、貢がされるだけの存在になってしまう。早
い話が「カモ」にされるだけです。
暴力にならない元気、暴走しない勇気、狂気にならない俠気。このギリギリのところを理性で
コントロールするというのが、宮本武蔵の剣法に由来する日本拳法の面目。その意味で、伝統的
に「元気・勇気・俠気」が看板のこちらの大学には、これからの時代、ぜひ頑張って頂きたい。
運動会から「騎馬戦や棒倒し」がなくなり、街から暴走族や( 外国人暴力団ではなく) 日本人の任
侠がいなくなったとき、194 5年( 昭和20年) の終戦時と同じように、日本は民間人レベルで他国の人
間に侵略・略奪されるのですから。
男のブログ
国士館大学 日本拳法部 2016 年 第29 回全国大学選抜選手権レポート
http: //kokushi-nk.xii.jp/2016senbatsureport.html
これぞ男のブログ。
骨太でいいですね。
7 月3日(日)、前期最後の試合となる全国大学選抜選手権が、日本大学文理学部百周年記念館(東京都世田
谷区)で行われた。この日は、東京都心で今年初の猛暑日となり、35℃を記録。湿度が高く、館内は蒸し風呂状
態で、うだるような暑さの中での試合となった。
本学の初戦は開会式直後の第1試合で、相手は同志社大学。3年前の全日本準優勝チームで、2年前の全日本で
対戦した際は1勝4 敗2分で敗れている手強い相手だ。勝てば今大会前年度優勝校の立命館大学との対戦となり、
昨年2勝3敗と惜敗しただけに、何としても初戦をクリアしたいところだ。
今大会は5人制対試合の3分間3本勝負。オーダーは、近況手堅い試合運びでチームの軸となっている湯浅貴勝
(3年)を先鋒に据え、以下鈴木健太郎(2年)、工藤留以(3年)、長谷川晃輝(2年)、中野貴一(4 年)の順

先鋒の湯浅は期待通りに面蹴り、胴突きと決め 2- 0でまず1勝。次鋒の鈴木も序盤に押さえ膝面で先制。その
後両者決め手なく、小柄で足腰の強い鈴木は相手の組技を凌いでいたが、終盤に押さえ胴突きを決められ1- 1の
引き分けとなった。中堅の工藤は面突きを連取され、あえなく敗れ追いつかれる。副将の長谷川は序盤、投げの
打ち合いから押さえ膝胴を決められ1- 0。その後立ち技で攻めるも手数が出ず敗れ、大将の中野に託された。大
将戦は中盤まで両者とも決め手がなく膠着状態だったが、打ち合った流れで組んだところを倒され押さえ面突き
を決められる。追い込まれた中野だったが、ここを冷静に対処。残り時間は多くなかったが、まず胴突きを決
め1- 1。さらに立て続けに胴突きを決め2- 1。何とか代表者戦に持ち込んだ。代表者戦は迷わず先鋒戦に出た湯浅
を選択。対する同志社大学は、中堅戦で工藤に勝ったサウスポーの梅垣選手。湯浅は積極的に攻め、まず面突き
で先制。これでいけると思われたが、その後組んで抱え込まれた際に膝胴、最後は胴に回し蹴りを喰らう。上背
があり手足の長い相手に屈し、初戦敗退となった。
決勝戦は明治大学が立命館大学との代表者戦までもつれ込む熱戦を制し優勝したが、ベスト8 の8 校中、7 校は
明治大学を除く関西勢。関西勢の底力を見せつけられたかたちとなった。同志社大学も強く、しぶとかった。
残念ながら前期のメインイベントは初戦敗退となった。5月の東日本大学リーグ戦では久しぶりの3位入賞とな
ったが、上位との差は依然として大きい。個人戦では久しく良績を残せていない。今後も練習あるのみ。合同練
習も行っているが、もっと他校や道場の皆さまにお世話になって、外でもまれてくることも必要だ。また、けが
の選手も多い。ポイントゲッターとして活躍してきた工藤は足首のけがもあり、本来の動きにほど遠い状態。東
日本大学リーグ戦では主将の横山幸祐(4 年)が左足前十字靭帯及び内側側副靭帯断裂の大けがを負い、戦線離
脱している。横山は今大会を観戦に訪れ、元気な姿を見せていた。「11月の全日本までには必ず復帰する」とリ
ハビリに取り組んでいる。
これから前期の試験もあり、練習は休みとなる。今後の大会は8 月21日(日)の東京都選手権(個人戦)、学
連主催の大会では10月の東日本大学選手権までしばらく間が空く。練習する者、傷を癒やす者、それぞれの課題
に努めてほしい。後期の変わり身に期待したい。
<引用終わり>
老婆心ながら、私の経験から述べさせてもらえば、
○ 面突きから逃げてはいけない
○ 蹴りは必ずケガをする
私自身は大学3年・4 年生のときに、よくケガをしました(ダブったので5年までやりましたが)が、それらはみ
な自分の緊張感がなかったからだと思っています。
1年生のときは、あれだけムチャクチャな環境でも、大したケガはしなかった。緊張していたからです。
3年のときは、蹴りでポイントを取る試みをし、実際、公式戦では2・3つ、蹴りでポイントをあげた。しかし
、練習中に相手の胴の皮の部分で自分の左足の中指と人指し指の付け根をすっぱりと切り、10針程度縫うこと
となった。練習にはすべて参加したが、左足の指を内側に曲げるようにして庇(かば)わなければならないので、
とてもいい練習などできなかった。
確かに、裸足で練習していますから、誰でもケガの危険はある。しかし、 こんな大怪我をしたのは、やはり気
を抜いていたからだろうと思う。また、3年くらいになると、面突きで行き詰まる。それを正面から乗り越えな
いで、小手先の技術・変な技で乗り越えようとする心の弱さが、けがにつながったのだろう。
4 年生の時は右肘が伸びきって関節を痛めた。
なぜそうなったかというと、前へ踏み込まずに腕だけで面突きに勝とうとしたから、無理に伸びたのだ。身体
で打たずに腕だけで面突きをして、尚且つ、相手よりも速く打つことを目指すとこういうことになる。これもや
はり、面突きという壁を小手先の技術だけで乗り越えようとしたから、けがになったということです。
① 緊張感こそ最高の予防
私が2年生のときには4 年生がいなかった。「お友達」である一つ上の3年生が最上級生であり、1年生のときに
比べて緊張感がなくなった。それでも、1年のときの緊張感を継続して持っていたので、どんなにハードな練習
・疲労の中にあって、決してケガなどしなかった。これは他の約20名の部員全員がそうだった。
3年・4 年になって緊張感が薄れてくると、面突きに疲れる、壁にぶち当たるということも重なり、しょうもな
い小手先だけの技に走ったりする。
面突きでも勝てるが、多彩な技でさらに上を目指す、というのならいいのだが、面突きで勝てないから蹴りに
逃げる、というのでは、必ず中途半端になってしまう。強くもなれないし、けがもする。
② 強い奴はケガをしない
無理をしないから。無理をしないで確実に勝つ方法を追求しているから。
面突きを極めるほどの集中力と冷静さがあれば、ケガをしない。
日本拳法で強い奴というのは、結局、その人のからだの大きさやリーチや体力の中で、その人なりに面突きを
極めた者のことです。
スーパーコンピューターのクレイ社は、当時あれだけ最先端をいっていながら、十分な検証がなされた100パ
ーセント確実な古い技術・汎用の部品しか使わなかったという。
強さには確実性という要素も含まれる。たとえ誤差が0.0000000001パーセントであったとしても、コンピュ
ーターのハードも、そして膨大な量のソフトウェアのコードも機能しなくなってしまう。洗濯機に組み込まれた
コンピューターではないのだから、100パーセント確実でなければならない。たった一つの故障・誤りのために
、膨大な人と時間を費やして原因の究明をしなければならなくなる。日本拳法の場合、何週間、何ヶ月も練習で
きないなんて、小さな企業で言えば倒産です。
面突きをやっていれば、ケガをすることはない。ケンカでも、9 9 パーセントは面突きで決まる。ビール瓶で後
ろから殴られるアクシデントであれば、まだ諦めもつくが、自分の攻撃で自分がケガをして動けなくなれば、袋
叩きになるしかないではないか。
③ 面突きの壁から逃げたら強くなれない
日本拳法の命は面突き。
これに特別な技術など要らない。「場と間合いとタイミング」の芸術なのですから。
必ず「スランプ」がある。むしろ、スランプがあるということは、その人が進歩してきているという証拠。こ
こでスランプを正面から乗り越えるわけだが、(私のように)技術・技巧に凝ったり、他の技で補強しようなどと
逃げてはいけない。苦しくても、ここで面突きを諦めずに続ける。技術・技巧ではなく「何か」によって乗り越
えるのです。
私の同級生の小松幸弘は、2年くらいまで大して強くなかった。練習では私が必ず勝った。しかし、3年生の頃
から互角になってきて、4 年のときにはまったく勝てなくなった。
あいつはオレにボコボコ面突きをもらいながら、決して逃げなかった。土佐人らしい粘りでじっと相手の面突
きを「見て」いたのだ。斬られながら、相手の剣が自分の身体をコンマ一秒刻みで切っていく様子をじっと見て
いたかのようだ。斬られるのを恐れない男は恐ろしい。
面突きのスランプから逃げないで、正面から乗り越えれば、必ず強者になれる。
あとがき
敗戦後、戦勝国アメリカの日本に対する横暴な態度を(個人的に)体験した篠竹氏は、復讐を誓います。
復讐とは、アメリカン・フットボールという、この最もアメリカらしいスポーツを日本的スポーツ(武道)に変えてしま
うということ。
変えるのはスポーツのルールではない。精神的な取り組み方、理念の持ち方といった、スポーツにおける哲学の部分を
日本式にする。日本人の感性でアメリカの技術を支配下に置く、ということでした。
どんな大試合でタッチダウンを奪っても、(敗者の心を慮り)決してガッツポーズをしないというのは、サムライとして
のポリシーからくる、日大フェニックスの学生たちの自主的な日本式礼儀作法でした。
アメリカ人が、音楽やスポーツ、英語教育や映画で日本人の心をアメリカナイズしようとするのを逆手にとり、そのア
メリカン・スタイルを日本文化で飲み込んでしまう。これはまさに日本武道・柔道の返し技です。
篠竹監督にとって○○学院とは、このアメリカン・スタイルの象徴であり、これを「メイド・イン・ジャパン日大」が
打ち破るとは、アメリカの技術を日本の精神文化が圧倒したということであり、とりもなおさず「日本の勝利」を意味
する。
こうして、氏は終戦の日の屈辱を果たしたのです。
もちろん日大フェニックスの学生たちは、それぞれがアメリカン・フットボールを自分なりに楽しんでやっていたわけ
であり、「復讐」とは無縁です。
ただ、彼らにとって幸いだったのは、禅の修行における最大の眼目であり、人生について回る「いかに迷いを絶つか」
という問題に対する実践的鍛練を、アメリカン・スタイルと日本式の両方で学べたという点にある。
理路整然としたストーリーを完璧に頭と身体にたたき込むことで、迷いなく自分の責務を全うするという、論理的・科
学的なアメリカン・スタイル。
さらに、その技術を水火の中でも確実に実行するため、個人に求められる強靱な精神力を監督の気合いから学び、全員
に求められる日本的心の連携(以心伝心、あうんの呼吸)を、24時間の合宿生活のなかで養う。
完璧な技術と強靱な精神力の融合が、大試合の興奮と混乱の中で 、迷いを吹っ切り、数々のスーパープレーを実現させ
たのでしょう。そして、この鍛練は彼らのその後の人生においても、非常に有意義であったはずです。
日本拳法では、鋭敏な知性によって一瞬のうちに最適な「場と間合いとタイミング」を選択し、動物的本能ともいえる
ほど迷いのない攻撃を実行する、という鍛練を行うわけですが、彼らアメリカン・フットボーラーたちは、それをより
複雑な要因と時系列のなかで鍛えていたわけです。
(1945年10月「政治、信教ならびに民権の自由に対する制限の撤廃、政治犯の釈放」を指示したりと、自由主義者として
のマッカーサー元帥自身は、当時の日本の大衆に大歓迎されていたようですが。)
「真剣勝負」と言いながら、修正が多いのは面目無い。しかし、
「悪に強ければ善にも」と、かの河内山宗俊も申しました。
たとえ悪文・駄文であっても、その噛み具合・消化の仕方によって、なにがしかの善となるかもしれません。
2015年8月
平栗雅人
京都大学 アメリカン・フットボール部のチーム理念
http://gangsters- web.com/
我々は存在目的を「社会に積極的に貢献するリーダーの輩出」
と定義している。
カレッジスポーツは人間性を鍛える場であるということは疑う余地がない。
また、弊部の部員はほとんどが京都大学の学生であるが、国立大学の学生は国民から税金という形で多くの投資
をしてもらっている。国立大学の学生一人に対する国庫負担金は平均で216 万円とされているが、とある試算に
よると京都大学の場合は学生一人当たり1,000万円以上であるとのこと。
将来社会のために役立つことを期待して国民から投資をされている以上、それに応える義務があると考える。
その中でもこれからの社会を引っ張るリーダーを育成することが最重要課題であると考える。
この目的を達成するための手段が「日本一になる」という目標である。
このチームは、日本一になるということを真剣に目指すプロセスを通じて部員たちが社会に積極的に貢献する
人間に変わっていくという環境であり続けなければならないと考えている。
だからとことん「勝つ」ということにはこだわる。
しかし、ただただ勝っても部員たちの人間的な成長が伴わなければ意味がないということはしっかり認識して
おかねばならない。
文章としては粗削(あらけず)りではありますが、彼らの若者らしい、真摯で熱い心がダイレクトに伝わってき
ます。
お気楽・極楽の体育会バカをやっていた私には、ちと耳が痛いが、人それぞれ器量なるものがあろうという
もの。全員が釈迦やキリストでは社会が成り立たない。天使もいれば悪魔もいていい。が、やはり立派です。
アメラグの激しいぶつかり合いも日本拳法の殴り合いも、勉強と同じくらい重要です。知識ばかりで体力と精
神力を軽視する今の日本のエリートに引きずられて、再び日本が沈んでいくのかと思うと、ちょっと暗い気持ち
になりますが、同じエリートでもこういう方たちがいらっしゃれば、すこしは光明が見えてくる。
大学アメラグを宗教や芸能(スター)にせず、個人の精神を磨くための道具、集団行動を磨くための組織マネー
ジメントと捉え、単なるスポーツから文化にしようとしている。哲学を持って体育会をやろうとするのは、京都
という風土によるものか。
日本拳法が、個の徹底的な追求によって、逆に集団、さらには日本人としての一体感を得ようとするのに対し
、アメラグでは集団での完璧な機能のために、(全ての)個人の能力を極限まで引き上げようとする。システムと
しての発想から個を追求する。いわゆるシステマティックな考え方を、私たちはこのスポーツに学ぶことがで
きる。トップダウンとボトムアップ、観見自在の目(「五輪書」)。すべて真理は裏表。私たちは、日本拳法にお
ける「面突きの一瞬」によって、彼らと同じことを追求しているのです。
G angstersのキーワードとは、私たち大学日本拳法にも共通するはずです。
「理念」「存在目的」「真剣」「勝つ」「プロセス」「人間的成長」「人間性を鍛える」「社会に貢献」「リ
ーダーの育成」「日本一とは手段である」「目的・手段・目標」
奥付
廬山は煙雨浙江は潮 2016年 8月 V 2.1
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著者 : 平栗雅人
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