縄文人の兵法(戦い方)

「武蔵と日本拳法」



電子ブック版 はじめに
 この「武蔵と日本拳法」という本は、二〇〇八年四月に、紙の書籍として出版されたものです

 その前年の日本拳法の公式戦で、我が母校の拳法を久しぶりに見た私は、思想の重要性を痛感
しました。つまり、いくら拳法の技術を教える優秀な人間が沢山いても、そこに一貫した理念が
なければ、日本拳法とは単なる「防具をつけたケンカ」でしかない、ということです。
 それを知ってもらうためにこの本を書き、どうせならばと、全国の大学の日本拳法部にも送付
しました。みなさん、さぞかし驚かれたことでしょう。いきなり、誰かもわからぬ人間から、た
とえ非売品であれ「日本拳法とはこういうものだ」と、偉そうな本が送られてきたのですから。
 私としては、技術ではなく「日本拳法の思想」を個人的に書いてみただけなのですが、こうい
う切り口によって、日本拳法に親しみを持つ人が増えてくれればと思っています。
 私はまた、二〇一〇年八月に「思い出は一瞬の中( うち) に」という本を、電子ブックという形
で出版しました。
 「武蔵と日本拳法」が理論書であるならば、「思い出は一瞬の中( うち) に」はその応用編です
。宮本武蔵が出てくる、なにやらこむずかしい日本拳法論と、私の個人的な思い出というスタイ
ルで書かれた面白おかしい日本拳法の話とは、形は違っても内容的には同じことを言っています
。日本拳法の精神世界に、うらおもて両方から光を当てているのです。
 ですから、この「武蔵」と「思い出」を共に読むことで、日本拳法の理解がさらに深まること
でしょう。理論が先でも、日常生活に日本拳法が応用された話を先に読んでも、どちらでもかま
わないのです。
 日本拳法をやったことのない人でも、殴る技術ではなく原理と思想を理解すれば、毎日の自分
の生活や、遠い昔の思い出の中に「日本拳法的なるもの」を見つけることができる。
 そうすれば、なんでもないような自分の人生が、けっこう面白くなるかもしれません。
 
    二〇一〇年十一月吉日
                                                 平
栗雅人
目次
はじめに                             
第一章 宮本武蔵                
 宮本武蔵                           
 武蔵の生きた時代             
 武蔵の生き方                   
 武蔵の勝ち方( ソフトウェア)   
 武蔵の勝ち方( 二つの理)      
 武蔵の真価                      
 「五輪書」(理論)                
 「二天記」(実践)                
第二章 二天一流とは  ( 1)   
 戦いから見た二天一流
 顔面攻撃                          
 敵を止める                        
 自分が止まる                     
 前へ出る                           
 場と拍子                           
 場                                   
 拍子                                 
第三章 二天一流とは ( 2)     
 原理から見た二天一流
 天理                                 
 二の原理 ( 二の利得)            
 二の原理(二律背反)          
 二の原理(一致)                
 二の原理(心と体)              
 武器                                  
 法                                    
 戦いの哲学                        
 武士の道                           
 太刀の利得( 兵法による生活) 
 太刀の利得( 真の武士道)       
 空 心意観見                     
 独行道                              
第四章 日本拳法とは          
 多様性と限定性                 
 真拳勝負                           
 面突きの精神                     
 相打ちの美学                     
 相打ちにならないために       
 敵をリードする                    
 前へ出る                           
 踏み込み                          
 心と体の一致(無念無相)     
 心と体の一致(確かな心)     
 判定の美学                       
 勝利とは                           
 徒手格闘術と日本拳法      
第五章 真剣勝負の心       
宮本武蔵名言集 
 真剣勝負とは                   
 現実の追求                     
 構え                               
 前へ出る精神                  
 相打ちの精神                  
 先の先                           
 智力で勝つ 場と拍子       
 理に忠実に 天の目線で戦う
 理に忠実であるが故の注意点
 絶対に勝つという心          
 強者の心 心で勝つ          
 武蔵の文章                     
 武蔵の兵法観                  
 武蔵の教育観                  
 敵                                
真似ではなく鍛練            
科学する心 確実性の追求
常識を得るために
兵法とは何か あとがきにかえて
相打ちの思想 - 真理のうらおもての中で -
奥付
はじめに
「兵法の智力をもって、必ず勝つ」
 はじめに
武蔵の剣法
 宮本武蔵の剣法二天一流と、日本の警察や自衛隊で採用されている日本拳法とは、よく似てい
る( 自衛隊では徒手格闘術、警察では逮捕術とよばれる) 。武蔵の剣法も日本拳法も、たんなる剣
・拳の技術ではなく、真剣勝負に勝つための明確な思想を持っている。
 宮本武蔵という男はただの剣術家ではなかったし、日本拳法とは殴る蹴るだけの格闘技では
ない。剣( 拳) の技術ではなく知性、力やスピードではなく「場と間合いと拍子」で勝つ。二天一
流も日本拳法も、剣法( 拳法) を超えた総合的な戦いの道なのである。
 
 宮本武蔵( 一五八二〜一六四五) とは、真剣勝負の戦い( 決闘) を三十歳のころまでに六十数回行い
、そのすべてに勝ち抜いた。その後、三十五歳頃から姫路や明石、小倉、熊本の各藩で平和なサ
ラリーマン武士としての生活を送ったが、そのときも決闘に明け暮れていた頃とおなじく、真剣
勝負の感覚で生きていた。
 武蔵にとって武士とは戦いのプロ、戦いの哲学者である。殺し合いのときも平和な時代であっ
ても、戦うというスタンスは絶対に崩さない。どんな些細なことでも決死の覚悟で人と接する、
武蔵の命がけの精神( 真剣勝負の心) は終生変わらなかった。そのため、ちょっとしたことですぐ
意固地になる男といわれ、晩年は変人扱いされていた。
 だが、武蔵はそんなことなど気にせず、戦国時代に比べれば天下太平ともいえる江戸初期の頃
、黙々と彼独自の戦いの思想をみがいていた。そして、自らがうちたてた剣法二天一流のバイブ
ルともいえる「五輪書」を残して死んだ。当然ながら、この書は若き日の殺し合いに明け暮れた
武蔵の体験がなければ書けない内容であるが、その後の三十年間における孤独な内面との戦い
によって、単なる剣の技術書を超える思想書となった。
 覚えた技術で戦うのではなく、その場その瞬間、最も適した戦い方によって敵を臨機制変( 機会
をとらえて変化を先取り) する。その意味で、宮本武蔵とは剣を巧みにあやつる技術者というよ
りも、むしろ戦いの芸術家と呼ぶべき独創的な男であった。
 武蔵は常に斬新な場とリズムを作り出すことで、紙一重の関係にある敗北を、勝利に反転させ
るタイミングを逃さなかった。天の理にかなった知性と行動力で、剣の勝負と人生に勝ち抜いた
のである。
 武蔵剣法最大の特徴は、剣ではなく智力( 知恵と精神力) で戦う、ということ。そして、それは
また日本拳法という武道においても同じ。さらには、この智力こそが私たち日本人を日本人たら
しめる、きわめて重要な特性なのである。
 日本拳法
 日本拳法とは、昭和の始めに創始された、さまざまな武道や格闘技の集合体である。
 もともと、相撲や柔道といった武道、あるいはボクシングという格闘技は、ケンカ(殺し合い
)から始まっている。いかに実際のケンカをせずに二者の優劣を決めるかという発想から生まれ
たのが、これら競技であり、囲碁や将棋とは、肉体的・物理的な戦いをさらに抽象化したゲーム
といえる。
 最も原始的な戦いが格闘技となり、洗練されたスポーツとなり、記号化されたゲームとなるに
つれて、少しずつ抽象化していった。そして、これらいったん分かれたケンカの支流を集め、人
間本来の闘争心をそのまま発揮できる場として復活させたのが、日本拳法なのである。
 ケンカと違うのは、堅牢なプロテクター(防具)を着用するため、ケガの心配が少ないというこ
とと、三人の審判員によるポイント制(ノックダウンを目的にしない)にある。日本拳法では、体の
大きさや力の強さといった物理的な要素よりも、戦いの進め方やタイミングといった知的な働き
が勝負の決め手となる。
 また、寸止めという競技形式と異なり、戦いの精神をストレートに行動として表現することが
できるため、人間がほんらい持っている闘争本能を呼びさまし、都会の生活に麻痺した野生の
感性、真剣勝負の心を甦らせてくれる。
 「第四章 」では、四百年前の武士宮本武蔵が戦いの拠所とした智力=常識が、現代の武道日本
拳法の中で生きている事実を明らかにする。それはまた、剣の技術だけではとらえきれない武蔵
の戦い方を、日本拳法の精神的特性から理解することにもなるだろう。
 武蔵はなぜ強かったのか。どうやって真剣勝負に勝ち続けたのか。「五輪書」に記された彼の
肉声(言葉)と、武蔵の戦い方を現実に見ることができる日本拳法の精神性を知ることで、今ま
で知られることのなかった宮本武蔵(と日本拳法)の真価を明らかする。
 武蔵も日本拳法も、次の三つを戦いのポイントにしている。
 一 顔面攻撃
 二 相打ちの精神
 三 場と間合いと拍子で勝つ
 (注)「五輪書」からの引用文(「」で括った古文)は、現代仮名遣いにしたり、言葉を補っ
たりしています。
 本書は目に見える剣や拳の技術ではなく、精神性という観点から武蔵と日本拳法を理解しよう
とするものです。
掲載・変更履歴
2008 年4 月に書籍版として出版したものを、今回若干手直しし、電子ブックとして発刊致し
ます。
パブーですでに掲載している「思い出は一瞬の中に」と、姉妹本になります。
2010年10月30日 V1.0 リリース
2 0 10 年10 月3 1日 V1.1 リリース
ご意見等は以下までお願いします。但し、直接ご返事はできかねますのでご了承下さい。 
hiraguri@mx6.ttcn.ne.jp
第一章 宮本武蔵 の要約
1. 武蔵の兵法とは、戦国時代も平和な時代にも有効な、普遍的な戦い方である。
2. なぜ普遍なのか。剣の技術ではなく、ものの考え方( ソフトウェア) で勝つから。
3. 武蔵は「二」でものごとを把握し、「場と時間( 拍子) 」を武器にした。
4 . 人間の真の価値とは何か。何が真のReal i t y( 現実) なのか。
5. ボクシングにおける「ワン・ツー」を、100年のスパンで実行した武蔵。
宮本武蔵
「国々所々に至り、諸流の兵法者に行き合い、六十余度迄勝負すといへども、一度もその利を失
はず」
 宮本武蔵
 宮本武蔵といえば、日本人であれば誰でも知っている。戦国末期( 一五〇〇年代後半) から江戸
時代初期( 一六〇〇年代初頭) にかけて実在した武士であり、生涯六十数度の決闘を行いながら一
度も敗れず、最後は畳の上で死んだ英雄である。
 英雄とは「文武の才の特にすぐれた人物。実力が優越し、非凡な事業をなしとげる人」( 広辞苑
) のこと。文に優れるといって、文章がうまいということではなく、多くの人間を説得する言
葉(心)をもっていたということ。人の心に影響を与える深い英知と、自分の体をはって社会を
変革しようという強い侠気をあわせもつ人間のことである。
 時代の要求に応じるための大きな社会改革が必要とされるときには、どうしても武の力が要求
される。その意味では、漢の劉邦、織田信長、アレクサンダー大王、ナポレオンといった英雄た
ちは、みな武士といえる。
 十六世紀の日本で、織田信長( 一五三四〜一五八二) は数万人の僧を殺したが、そのおかげで、
実力によって日本の社会が運営されるという道が開かれた。当時の僧侶には気の毒だが、彼らの
犠牲によって、平将門( 九〇三〜九四〇) 以来続いた「武士vs朝廷・貴族( の利用した仏教) 」の戦い
に決着がつき、武士による国家の統治が完成したのである。
 また英雄とは、力づくで社会を変えるだけでなく、法を整備して社会を安定させる。ナポレオ
ンはナポレオン法典を制定し、徳川家康は多くの法度( 法律) を公布して社会システムを整備した

 宮本武蔵という男は、歴史的戦いをくりひろげたわけでもないし、国家をうごかす法を制定し
たのでもない。だが、人の言動は人と共に忘れ去られ、人がつくったシステムもまた社会が滅び
れば消えていく。ひとり思想のみが永遠に残る。武蔵はこれを残した。真剣勝負の思想、相打ち
の思想ともいえる、立派な戦いの思想である。
 真剣勝負での心構えとか、敵よりも先に攻撃するという技術はどこにでもある。しかし、武蔵
は小手先の技術や肉体的な優劣という、表面的なものに依存しない、自然の原理に基づいた戦い
方で困難な戦いに勝ち続けた。
 そして、この自分の戦法をハードウェア( 物理面) とソフトウェア( 心理面) に分けて整理し、誰も
が身につけることのできる普遍的な考え方( 思想) にまで進化させたのである。
 人と社会に大きな影響力のある思想を命がけで見いだしたという点で、武蔵は英雄と呼ぶに値
する。
武蔵の生きた時代
「今の世の中に、兵法の道確かにわきまえたるといふ武士なし」
 武蔵の生きた時代
 戦国時代( 一五〇〇年代) とは、正しい者は強い、強い者は正しいという価値観のなかで、武士
たちが自分の主張を競った時代である。下克上という言葉が示すように、自分が正しいという信
念で戦い、勝って勝ち続ければ、家柄や身分、肩書に関係なく世の中に認められる。機会を生み
出しそれを実現する能力と、何をやったのかという実績が重んじられる。人に寄生する商売よ
りも、自分が主体となって活動することが評価される社会であり、人々が伸び伸びと生きること
のできた時代であった。
 特に、織田信長の活躍した頃、武士はもとより百姓町人にいたるまで、大衆のエネルギーは爆
発した。宣教師を通じて「世界」というものを知った日本人は、日本の外にある、より大きな存
在を意識し、初めて自分たちの真の姿が見えたのである。正に日本のルネッサンスともいうべき
時代であった。天正という年号( 一五七三〜一五九二) は、日本人が天を意識することで人間とし
ての正しいあり方を追求できたという、この時代を象徴する名称といえよう。
 西洋ではルネッサンスのエネルギーが宗教改革となり、外へ向かって爆発し大航海時代が起こ
った。日本でも織田信長が早世することがなければ、逆に日本人が西欧世界に乗り込んでいたで
あろう。結局、日本の大航海時代は、中国沿岸を荒しまわる倭寇( 海賊) で終わってしまったが。
 この熱狂的な戦国時代は、信長の死によって事実上終了し、時代の主役は、乱世の英雄から治
世の官僚へと移り、疾風怒濤から、社会は少しずつ鎮静化していく。徳川家による江戸時代の始
まり( 一六〇三年) とともに、幕府の役人たちは在野に残る英雄の芽をつみ取り、武士の創造性、
革新性をつぶして社会を均一化・平準化していく。
 だが個人レベルでは、多くの武士たちが全国にまだたくさん雌伏していた。「どうせすぐ、徳
川もひっくり返るだろう」という、ある種の期待感がくすぶっていた。だから日本人の多くが、
次なる戦乱にそなえ、実力による問題解決能力( 武芸) の鍛練に励んでいたのである。
 宮本武蔵が、その後半生を生きた江戸時代初期とは、まさにそういう時代の変わり目であった

 ( 江戸中期以降になると、士農工商という階級制度は固定化され、武士はみな特権的な立場で人
々を支配する官僚・役人としての存在でしかなくなる。剣の力がすぐれているとか仕事ができる
ということよりも、家柄・コネ、金の力が優先され、社会や国家に寄生する人間ばかりがふえて
くる。武士の力で貴族から脱却した社会が、再び貴族化していくのである。)

武蔵の生き方
「武士の兵法をおこなふ道は、何事におゐても人にすぐるゝ所を本とし、或は一身の切合に勝ち
、或は数人の戦いに勝ち、名をあげ身をたてんと思ふ。是兵法の徳をもつてなり」 
 武蔵の生き方
 この時代の変わり目にあって、武蔵は英雄として実に立派に生きた。
 紫衣事件における禅僧沢庵のように、いったんは朝廷側について幕府に反抗しながらも脅しに
負け、幕府御用達のサラリーマンに宗旨替えするようなポリシーのない人間ではなく、慶安の変
の首謀者由井正雪のように、浪人たちの英雄に祭りあげられて権力から睨まれ抹殺されるという
へまも犯さず、あるいはハムレットのように、世の不条理に独り悩んだすえに悲劇的な最期を遂
げることもなかった。決して華々しい生き方ではなかったが、武蔵は自分のポリシーを決して曲
げず、己が考える英雄としての在り方を見失わずに生涯を全うしたのである。
 武蔵は、二十歳代までは弱肉強食の世界に身をおき、そこで通用する戦い方で勝ち続けた。そ
して、時代が太刀の論理から文の支配へと移行していく流れに歩調を合わせてサラリーマン武士
となったが、そこでも、太刀による戦いの精神から離れることはなかった。
 仕官した先はいくつかあったが、最終的には、武蔵の唯一の理解者であった肥後( 熊本) の細川
忠利( 一五八六〜一六四一) という、武蔵と同じく戦国時代の気風を持つ武士のもとで人生を終
えた。釈迦は四諦といい、結局は諦めることを仏教の根本原理としたが、武蔵は決して諦めなか
った。社会の変化や時代に流されない真の武士の魂を現実に残す為、最後まで戦ったのである。
 武蔵は、平和な日常生活におけるあらゆる出来事に、安心ではなく戦いを見いだし、それに勝
つために、( 他人ではなく) 自己の内面と戦った。敵に襲われることを避けるため、風呂に入りた
いという欲望に勝つ。そのために、人から臭いと嫌われることを恐れる弱い自分の心に勝つ。社
会や宗教によって規定された作り物の価値観に囚われず、自然の原理に忠実に生きることこそが
、平時の武蔵にとって最も重要な戦いであった。
 武蔵は人から異端視されるような変人・奇人ではない。武士の生活におけるあらゆる場面で、
自分を他人から遠ざけていただけ。現在のアメリカに生きるアーミッシュという宗教集団と同
じで、他人に強制することなく、自己の生き方を独り追求した。大勢から離れ、へたをすればい
じめに遇うギリギリのところで、自分の個性を守り通した。大と小、衆と寡のせめぎ合いをうま
くコントロールすることで、誰もが人生後半に遭遇する「静かなる戦争」にも勝ち抜いたので
ある。
「兵法の道をつねに鼠頭牛首とおもひて、いかにも細かなるうちに、にわかに大きなる心にして
、大小にかわる事、兵法一つの心だて也」

武蔵の勝ち方( ソフトウェアで勝つ)
「我が兵法の智恵を以て、確かに勝つ」
 武蔵の勝ち方( ソフトウェアで勝つ)
 真剣勝負の世界で、武蔵は肉体の強靱さや剣の技術よりも、智力で勝負した。
 攻撃と防御、勝利と敗北の狭間で、ぎりぎりの部分を見きわめ、生と死の境にある薄刃一枚を
理性でコントロールする。戦いにおいて、攻撃するのとされるのとは表裏一体であり、全く同じ
行動が気合い一つで反転する。この境をコンマ一秒の差で見きわめる知的な選択こそが、真剣勝
負の要なのである。武蔵は剣の勝負だけでなく、人生というロングレンジの戦いをも、きわどい
部分で確実にコントロールした。そして、そのソフト的な力を知徳・智力・智恵とよんだ。
 力とスピードというハード的な武器で押してくる敵に対し、「場と間合いと拍子」というソフ
トウェアによって勝敗を反転させることは可能である。
 一九七四年、アフリカのキンシャサで、プロボクサーとしてはもはやロートルとバカにされた
モハメド・アリが、無敵の若きチャンピオン、ジョージ・フォアマンをマットに沈めたように。
 「敵がこう攻めてきたら、こう対応する」と、教えるのが小手先の技術。しかし、道場で教え
てもらった通りにその場の状況が再現されることなどない。だから、いくら技術を暗記しても
無駄、というよりも固定観念に縛られ、かえって危険である。技術の大本にある原理を軽んじて
、体力・腕力・スピード・破壊力という、表面的な力に頼る者は勝負に勝てない。
 大艦巨砲主義に見られる旧日本軍のハードウェア重視の思考は、合理的で柔軟な思想を元にし
た米軍に歯が立たなかったではないか。
 物量の差で日本は負けたのではない。ミッドウェー海戦( 一九四二年)において、日本の物量は
米軍のそれを圧倒的に上回っていた。にもかかわらず、日本海軍は知識や慣習に縛られて的確
なハードウェアの運用ができず、戦いの原理に忠実な米国軍人の智恵に敗れた。日本人は戦艦武
蔵を建造したが、入れ物ばかりで肝心の武蔵の魂は入っていない。武蔵の精神はむしろ、当時の
米国の方にあった。
 一方で、日本海軍のパイロット故坂井三郎氏は、戦争中盤、すでに速度や装備が劣る零戦を駆
って、最新鋭の敵戦闘機を多数撃墜していた( 六十四機) 。零戦というハードウェアを徹底して活
用するソフトウェアの力により、二百回の出撃で自身が率いた部下を一人も犠牲にしないとい
う「撃墜王」の称号以上の偉業を達成したのである。
 四百年前の武蔵の精神は、日本人一人一人の血の中に確かに受け継がれている。だが、組織と
してそれを発揮できないところに、今も昔も変わらぬ日本人の検討すべき課題がある。
武蔵の勝ち方( 「二の原理」)
「敵打ちかくる所、一度(同時)に敵を打つ」
 武蔵の勝ち方( 自分と敵、攻撃と防御、心の裏表という「二の原理」に着目した武蔵)
 相打ち
 見かけは相打ちであるが、一瞬、敵に先んじて勝つ。いわゆる先の先を取る。
 柳生新陰流では、先に敵の太刀をふらせろ、そのためにフェイントをかけて敵の攻撃を誘い
だし、敵が斬ってきた時、それに合わせて先に斬れと教える。当時の道場での試合に制限時間は
ない。戦う二人は延々と、相手の攻撃を誘い合う「フェイントという踊り」を続けていることが
できる。
 しかし、武蔵はそんなことをしていられない。待てば待つほど味方の数が増える柳生と違い、
武蔵の場合、相手の攻撃を待つあいだに敵はどんどん増えてくる。宮本武蔵とは反体制派ではな
いが、社会と一線を画して生きるアウトローである。地位も権力もないから、いつでもどこでも
敵が襲いかかってくる。自分から積極的に前へ出て戦機を勝機に変え、目の前に現れる敵を素早
く処理していかねばならない。
 自分から前へ出て太刀を打ち込めば、敵はそれを待ち受けて先の先を取ろうとする。ここでど
うやってコンマ一秒早く、自分の太刀を敵の体にあてるか。それが剣の各流派における極意とい
うことになっている。
 だが、この極意というのは、禅で言う悟りと同じで実体はない。悟りを開いたとされる人間の
言うことがもっともらしく聞こえるというだけのことで、悟りも極意も実際には存在しない。す
べては結果論でしかないのである。
 陰陽の間隙
 敵を攻撃(陽)する瞬間、その人間には陰ができる。防御ががら空きになる。剣法の一派陰流
とは、この敵の陰を狙えというのである。上泉伊勢守信綱(一五〇八〜一五八二)が創始した新
陰流はここから派生した。
 武蔵が斬りかかると、敵は武蔵の陰めがけて斬りこんでくる。すると、今度は斬りこむ敵に陰
が生じる。そこを武蔵の第二刀が攻撃( 陽) する。武蔵は第一の陰を第二の陽でカバーするので
ある。二本の太刀というハードウェアによって勝つように見えるが、武蔵の場合、太刀の陰陽で
はなく、自分と敵の心の陰陽に着目した。
 武蔵の剣法二天一流とは二本の太刀というハードウェアの陰陽ではなく、それをあやつる人間
の心の陰陽をコントロールすることで、相打ちに競り勝つ。自分の心の陰陽と敵の心の陰陽。そ
の意味からすれば、二本の太刀などというのは見せかけ( フェイク) でしかない。

武蔵の真価
「直ぐなる所を本とし、実の心を道として、兵法を広く行う」
 武蔵の真価
 宮本武蔵ほど有名でありながら、その真価が知られていない人間はいない。
 小説やテレビドラマで流布されている宮本武蔵像とは、新約聖書なしに書かれたイエス・キリ
ストの伝記ともいうべきものであり、後世が作り上げた虚像のひとつでしかない。武蔵の創始し
た二天一流のバイブルである「五輪書」が、そこには正しく反映されていないからである。
 このまま正しく認識されずに名前だけが残れば、「宮本武蔵」とはやがて、日本昔話の桃太郎
のような童話の主人公になってしまう。毒にも薬にもならない架空の存在としてその真価が中和
され、時間の流れの中に埋もれてしまうだろう。
 最大の問題は、武蔵が若年のころ生きた殺し合いの世界しか、後世の人間が興味を示さない。
しかも、そこでの武蔵の剣術ばかり見ている、という点にある。
 「五輪書」の冒頭で宣言しているように、武蔵は人間的・情緒的な感性を排し、徹底的に理に
即して生きた人間である。人間から見れば冷徹な・とっつきにくい理に徹し、そういう観点から
行動した結果「六十数度の殺し合いに一度も負けなかった」という。誰にでも好かれる、人当た
りの良い人間的な人間では、殺し合いという究極の世界では到底生き残れなかった、と。
 しかし、殺し合いの世界では理に徹して生きることが必須であっても、武蔵が人生の後半を生
きた平和な時代( 社会) では、そのためにかえって勝てないケースが出てくる。武蔵が苦労したの
はむしろ、人と剣で戦うことではなく、肩書や金の力で勝負する社会における戦い方( 兵法) であ
った。
 そして、そういう社会で三十年間のサラリーマン生活をした結果、武蔵が到達したのは、や
はり、剣の戦いにおける原理原則がそこでも通用するという結論であった。殺し合いと官僚的・
政治的抗争の社会とでは、応用技術のレベルでは異なるが、その根底にある精神は同じなのだ、
と。
 そこを見極めたところに、剣豪武蔵、かつ、世渡り上手宮本武蔵の凄味がある。武蔵の真価
とは、殺し合いとサラリーマン生活に共通する精神( 内面) 的な原理を見いだし実行し、更には、
それを「五輪書」という文書にして残したところにある。
 なにかにつけ武蔵と引き合いに出される柳生宗矩。彼は確かに旗本として、武蔵と同時代、同
じ武士の社会で、三百石取りの下級武士である武蔵に、比べようもないくらいの権勢を振るった
。 しかし、それからの四百年間、剣といえば宮本武蔵と人口に膾炙し、多くの人々に愛されて
きたのはどちらだったのか。これから先の数百年、生き残るのはどちらなのか。そういう視点で
彼らを見たとき、ひとの幸せとはどういうことなのか、と考えざるを得ない。

「五輪書」(理論)
「心意二つの心を磨き、観見二つの眼を研ぎ」
 「五輪書」(理論)
 「五輪書」( 一六四五年) とは、二天一流のバイブル( 理論書) である。
 中世の仏教思想では、この世のあらゆる存在は「地水火風」の四大によってつくられていると
いわれていた。しかし、ここに武蔵は「空」という視点を加えた。この「空」とは、神がこの世
に作った空間ということであり、仏教での無や空とは違う。
 生き死にのかかった世界で、自分が絶対生き残ることに執着した武蔵に、諦めの象徴である無
や空など不要。「古事記」もしくは「旧約聖書」に書かれた、天地と人間を作りだした神に共鳴
しこそすれ、滅びを暗示する無や空など蹴っ飛ばすくらいの気持ちがあったであろう。
 武蔵は「五輪書」において「天」という言葉を頻繁に使うが、これは西洋の「神」と同じで
ある。武蔵の剣法の特徴は、人間の目線だけでなく、神の目の位置で戦いを見るという点にある
。そういうずっと高い視線で自分たちの世界を見ることで、人間の肉体と心を分けたり一つにま
とめるという、冷静で科学的な現状認識ができた。プロのサッカー選手が、サッカースタジアム
の上空から自分たちの試合を見下ろす視点で、ボールを蹴っているのと同じである。
 「仏神を頼まず」は武蔵の名言であるが、武蔵は仏( 釈迦) がかつて存在した人間であることも
、そして、目には見えない神が身近に存在していることを信じていた。だから、一乗下り松での
吉岡一門との決闘のとき、武蔵は神社で頭を下げた。頼りにはしていないが、その存在は確信し
ていたからである。
 「五輪書」の内容
 地の巻|二天一流の概念
 水の巻|肉体や太刀という武器を含めたハードウェアについて
 火の巻|ハードウェアを運用する、ソフトウェアについて
 風の巻|他流派との比較という体裁による、二天一流というシステム全体について
 空の巻|システムをコントロールするOS(Oper at i ng  Syst em 智徳)について
 
  また、「五輪書」は剣の技術書ではない。戦いというもの全般に関する原理原則を説いた理
論書であり、思想書である。
 戦いの思想とはどういうことか。人間の生き方でさえ武器にする、ということである。
 頭でっかちの思想書や哲学書にはない、人間として存在するための哲学、生き残るための思想
が「五輪書」にはある。机上の空論になりがちな哲学や思想ではなく、生きた哲学・勝つための
思想にしようという武蔵の執念こそ、私たちが学ぶべきものではないか。
「二天記」(実践)
「理を心にかけて、兵法の道鍛練すべき也」
 「二天記」(実践)
 「五輪書」が武蔵兵法の理論書であれば、「二天記」( 一七七六年) は実践書である。
 「五輪書」で戦いの理論を説いた武蔵は、その死から百年後、今度はその理論により、いかに
自分が戦ったのかを具体的な事例で紹介( 証明) した。「五輪書」とは、武蔵の戦い方における骨
格であり、「二天記」とはその血肉の部分であるといえよう。
 「二天記」の執筆者は武蔵の弟子の子孫ということになっているが、武蔵が生前口述した内
容に、その死後の事実が若干書き加えられ、時間を置いてから公開されたにすぎない。他人が書
いた武蔵の評伝という形をとった、武蔵自筆の自伝である。書かれた内容の真偽よりも、武蔵が
この「自伝小説」を通じて何を言いたかったのか、という真意をくみとることが大切である。
 「五輪書」に示された理論が現実の武蔵の戦いでどう生かされたか。あるいは「二天記」に書
かれた武蔵の体験から「五輪書」における兵法は導き出されたという証明でもある。
 「二天記」と「五輪書」とは帰納と演繹の関係にあり、まるで武蔵のあやつる二刀のように、
相互補完の役割を果たしている。
 武蔵は自ら定義した「場と拍子」という兵法によって、百年の時間差攻撃を仕掛けたのである

 
「二天記」の内容
 武蔵の出自、育ち
 十三歳での決闘
 京都での死闘の数々
 日蓮宗の僧との交流
 その他の決闘の様子
 巌流島での佐々木小次郎との戦いの発端から終了までの経過
 武蔵の養子となった伊織少年との出会い
 島原の乱への参加
 細川忠利公の元へ奉公するまでの経過
 肥後(熊本)藩時代のエピソードの数々
 柳生新陰流の達人との戦い
 武蔵臨終までの経過と、葬儀の時の天雷
戦い方から見た二天一流
 二天一流とは、二本の太刀( =剣、刀) で戦うことを特徴にしているが、太刀の使い方そのもの
に特別な技巧や華麗な技があるわけではない。あくまで目の前の敵に現実的に勝つことを目的に
している。飯を食う時には右手に箸、左手に碗をもつ。西洋人は、ナイフとフォーク二つの武器
で肉を切る。無理のない戦いとはそういうものである。
 二天一流における戦いのポイント
 一 敵の中心部(機能中枢)への攻撃
 敵を攻撃する目標は、その顔面を第一とする。
 二 相打ちで勝つ(敵を止める)
 動いている人間の顔を正確に攻撃するのはむずかしい。そこで武蔵は、戦いを相打ちに持ちこ
むことによって、敵の動きを止める道を選んだ。自分も敵も相手を攻撃する動作に入る瞬間、そ
の動作は必ず一旦止まる。そこを自分がコンマ一秒早く相手を斬る。この相打ちという機会をし
かし、武蔵は自分から前へ飛び込んで作り出した。これが「二天一流の相打ち」である。
 三 前へ出る
 相打ちに勝つ(先の先を取る)ために、武蔵は必ず前へ出た。互いが同時に打ち合うという
五〇:五〇の最後の所で、自分が一歩敵をリードするために。集中の自由は攻撃側にある。武蔵は
自分のタイミングで勝つために前へ出て、コンマ一秒敵に先んずる相打ちを行ったのである。
 前へ出ることを意識する。、常に心がける。これが実は非常に重要なテーゼなのである。
 そして、これら三つの行為を確実に勝利へつなげるのが、「場と間合いと拍子」という武蔵独
自の考え方。二刀によって作り出した場に敵を引きこみ、自分の間合いとリズムで敵を圧倒して
勝つのである。
 武蔵が真に偉大であったのは、この考えを太刀による打ち合いの場面に限定するだけでなく、
戦い全般に適用した点にある。場と間合いと拍子という考え方で、戦う二人の間、更には周囲に
存在するあらゆる現象をとらえ、勝利のために再利用した。太刀で勝つのではなく、常識で勝つ
というのはそのことである。
 たとえば、前章で指摘した「五輪書」と「二天記」を時間差で出版するという手法。ここにも
、武蔵の兵法を見ることができる。
顔面攻撃
「敵の顔を突く心あれば、敵の顔、身ものる( 反る) ものなり」
 顔面攻撃
 敵のヘッドクォーター( 頂点・頭) を攻略せよというのは、二天一流における最も重要な教えで
ある。
 武蔵は巌流島での小次郎との勝負のように、一対一でじっくり戦うことなどほとんどなく、複
数の敵を相手にすることが多かった。その場合、敵の大将を潰さなければ本当に勝ったことには
ならない。武蔵は、敵が大人数であればその大将を、一人の人間を攻撃する時にはその顔面( 頭部
) を集中的にねらった。ここを突かれたり斬られたりすれば、人の動きは止まる。確実な顔面攻
撃は、最も合理的に戦いを終結させることができる。
 一八六七年、京都近江屋で暗殺された坂本竜馬は、頭に二打の太刀を受けてその場で絶命し
たが、同じく襲撃を受けた中岡慎太郎は、顔面を小太刀で守ったために、全身二十一箇所を斬ら
れながらも二日間存命した。手足ならまだしも、頭をやられてはどうにもならない。
 武蔵は時代劇で見るような、太刀を上から振りかぶって斬るというスタイルではなく、太刀を
持つ位置からそのまま突くという攻撃を主体にしていた。リズムとタイミングで勝つために、斬
る方向と逆方向に、一旦太刀を持っていくという助走を嫌ったのである。それによって太刀に威
力がなくても、敵の顔面に太刀の切っ先をぶち込めば、二刀の内のもう一刀がすぐに第二撃をあ
びせることができる。
 また、攻撃がはずれたとしても、顔面を攻撃されると人の体は反りかえる。重心が後ろにきて
しまう。これが、攻撃する側にとっては勝ったも同然というほど大きなメリットとなる。上体が
反り返った人間など死に体である。
 顔面攻撃の危険性
 敵の体の中枢をねらい、組織の頂点を一気に攻略することは正しい。しかし、手足を斬るのと
違い、敵の中心部を一撃で叩き潰すというのはきわめて困難である。
 ここに、最大級の効果を得るためには最大限の危険を冒さなければならない、というボトルネ
ックが立ちふさがる。理論的には正しいが運用するのは不可能、という矛盾である。しかし武
蔵は、この攻撃にこだわった。敵を止めるということと、場と拍子を機能させれば、相打ちは相
打ちにはならない( 敵は死んでも自分は生き残れる) と判断したからである。
敵を止める
「役にたゝざる事をば、敵にまかせ、役に立つほどの事をば、おさへて、敵にさせぬようにす
る所、兵法の専也」
「敵の起こる強き気ざしを、利の拍子を以て止めさせ、止みたる拍子に、我が勝利をうけて、先
をしかくるもの也」
「敵の技をせんとする所を、おさゆるといひて、わが方より、其利をおさゆる所を、敵につよく
見すれば、強きにおされて、敵の心変わる事也。我も心をちがへて、空なる心より、先をしか
けて、勝つ」
 敵を止める
 零戦パイロット故坂井三郎氏によれば、「敵も自分も秒速一〇〇メートルという高速で移動し
ている空戦の場で機関銃の弾を当てるとは、地上でいうと、全力疾走しながら針の穴に一発で糸
を通すほど困難であった」という。アメリカでは当時、五機撃ち落とせばエースの勲章がもらえ
たほどである( 坂井氏は六十四機撃墜) 。
 真剣勝負でチャンスは一度しかない。一発で相手をしとめるには、動いている敵を止めるしか
ないのである。
 一 敵は止まる
 敵の心と体が一致していない瞬間。たとえば、武蔵が左の太刀を突きだし、敵がそれに気をと
られている瞬間に武蔵の右の太刀が敵を突く。緊張状態が続くと、人は必ず無意識に息抜きをし
ようとして止まる。そこを敏感に感じとって打ち込む。息を吸う時、瞬きをする時が危ない。
 二 敵が止まる
 戦いの間、武蔵は決して止まらずに前へ出る。すると、敵は後ろへ横へと押され、ぎりぎりの
ところで反撃しようとして、自分から止まる。
 三 敵を止める
 二刀の利を活かして連打し、敵の動きを強制的に止める。敵に反撃の「は」の字もさせずに一
方的に攻撃し、追撃し、そのまま斬る。敵が怯んだ瞬間、敵はこちらの攻撃から目を背けて硬直
する。敵の心を止めながらもう一方の太刀で決めるのである。
「枕をおさえる」「剣をふむ」「かげをうごかす」「かげをおさゆる」「うつらかす」「むかつ
かせる」「うろめかす」(火の巻)
自分が止まる
「此の打ち合いの利と云ふ事にて、兵法太刀にての勝つ利をわきまゆる所也。細やかに書き記す
にあらず。稽古ありて、勝つ所を知るべきもの也。大形兵法の実の道を顕す太刀也」
「此一つの打と云ふ心をもつて、確かに勝つ所を得る事也。此儀、能く鍛練すれば、兵法心の儘
になつて、思ふ儘に勝つ道也」
 自分が止まる
 空中戦の時、照準器に敵機をとらえて機関銃の発射ボタンを押す瞬間、坂井氏は必ず後ろをふ
り返ったという。ともすると、敵を追いかけ追い詰めることに夢中になり、自分の後ろに別の敵
がくっついていることに気がつかない。そして、発射ボタンを押す瞬間、飛行機の姿勢も自分の
思考も停止する。そこを後ろから撃たれことを避けるために。
 矛盾
 動いている敵を確実にしとめるには、敵が止まった瞬間に打つしかない。敵がこちらを攻撃す
る姿勢で止まる瞬間である。しかしその敵を攻撃するためには、自分もまた止まらねばならず、
それは敵にとってチャンスとなる。この矛盾を、武蔵はどう解決したのか。
 止める自分と止まる自分 二人の武蔵
 武蔵は佐々木小次郎の燕返しなどという小手先の技術を必要としない。水の如く静かに前進し
、火の如く大胆に踏み込む。二刀による打ち合いの利( 一刀が止まる時にはもう一刀が攻撃する)
によって、武蔵は自分が止まる瞬間をつくらない。戦いの流れを止めないというのは、二天一流
と日本拳法に共通する最も重要な考え方である。
 この二刀による相互補完作用によって、敵から見れば武蔵は常に動き、止まる時がない。敵を
止める流れは止めず、自分は確実に止まる。そして「一つの打と云ふ心をもつて」確かに勝つ。
武蔵の矛盾の解決方法はこれである。
 フェイントという踊りで相手の攻撃を誘う他の流派に対し、武蔵は自分のリズムで動き、相手
が攻撃のために止まる瞬間を自分で作り出した。そのため、相打ちにおいて「決して利を失うこ
となし」であった。
 晩年、熊本において柳生新陰流の免許皆伝者と武蔵が( 道場で木刀を使用して) 戦ったが、三度
戦い三度とも武蔵が勝った。柳生新陰流の使い手である渡辺幸庵( 一五八二〜一七一一) に言わせ
ると「但馬守( 柳生宗矩) にくらぶれば、( 武蔵は) 碁にて言えば井目強し」であると。
矛盾の解消
「いづれも敵を追いかける」
「敵は四方よりかかるとも、一方へ追い回す心」
「( 二天一流とは、自分の) 身は強く直にして、人を追廻し、人に飛びはねさせ、人のうろめくよ
うにしかけて、確かに勝つ所を専とする道也」
 前へ出る
 武蔵が二本の太刀を持って構えている絵があるが、太刀を握る両の手をだらりとだらしなく下
げている。我々が知る一般的な剣道の構えとは異なる。しかし、これこそが「武蔵の構え」なの
である。
 武蔵は敵の顔面を打つために、あえて自分の顔面をがら空きにし、敵の心、敵の太刀をそこへ
誘いこんだ。敵が武蔵の顔面めがけて斬りこんでくるその瞬間、敵は止まる。武蔵は一刀を敵の
太刀と相打ちにさせながら、同時にもう一刀で敵の本体(肉体)を攻撃するのである。
 武蔵は敵の太刀を受け止める、ということをしなかった。前へ出ながら攻撃するために二刀を
使用したのであって、防御のために二刀を用いたのではない。両手で思いっきり斬りつける敵の
太刀を、いくら武蔵の力が強くても片手で握る太刀で受けきれるものではない。敵の太刀を自分
の太刀で軽く接触させて受け流す程度の受けである。
 二刀を使って「場と拍子」という独自の空間をつくり、敵が攻撃したくなるように、しかも武
蔵の都合のいい場所へ攻撃してくれるように誘導する。敵がそうするようなチャンスを、自分が
前へ出ることで作り出した。前へ出るから、(自分が勝つ)相打ちに持ちこめるのである。
 敵の攻撃を前へ出て避けるという考え方は、一六〇〇年九月十五日、関ヶ原の戦いで薩摩藩主
島津義弘が、戦場から退却した時の行動に見ることができる。
 小早川秀秋の裏切りによって西軍( 石田方) は総崩れとなり、数万の東軍( 徳川方) は西軍正面を
守る千五百人の島津軍へ一気に押し寄せた。この時、島津軍は後ろへ退却せず、逆に前へ、しか
も最も強力な敵の主力部隊である徳川家康の本陣へ向かって突撃し、そのまま敵中を突破して戦
場から離脱した。この恐るべき退却を人々は、特に「島津の退き口」と固有名詞で呼ぶ。薩摩の
剣法示現流の原点がここにある。
「おびやかす」「まぶるる」「かどにさわる」「うろめかす」「三つの声」「まぎるる」「ひ
しぐ」「底を抜く」(火の巻)
場と間合いと拍子
「観見二つの見やう、観の目つよくして敵の心を見、その場の位を見、大きに目を付けて、その
戦いの景気を見、その折節の強弱を見て、まさしく勝つことを得る」
 場と間合いと拍子
 物理的・心理的な場と間合いをとり、拍子( リズム) によって敵を翻弄する。
 「五輪書」空の巻で述べられる「観見」とは、この場と拍子をコントロールする力のこと。敵
と自分との状況、すなわち戦いの場を観るのが観の目であり、攻撃の拍子(リズム)を見るのが
見の目である。
 武蔵は二本の太刀によって仮想空間という場を作り、同時に二刀を別人格のようにしてあや
つり、自分のリズムを生み出した。
 二本の太刀は、敵との間合いやその構えに応じて変幻自在に空間を移動する。移動する二点を
結ぶ軌跡が面となり空間となることで、敵は武蔵との正確な距離をつかみにくくなる。しかも、
右の太刀は左の太刀の動きを知らず、左の太刀は右の太刀を見ない。それぞれの太刀は一つのリ
ズムで調和しながら、独立して敵への攻撃を行う。
 こうして武蔵は、一見バラバラに見えながらも協調する二刀の運動によって敵の心を制し、確
実に敵を止めて勝利した。
 「太陽を背にする」ことだけが場を得るということではない。拍子といって太刀一本ではリズ
ムは作れない。二本の太刀によってこそ、敵を取りこむ場と独自のリズムを生むことができる。
この仮想的な場とリズムによって敵の理(利)を奪い、自分に有利なタイミングで勝つのである

 他流派のように、敵の動きに過敏に反応し、細かく間合いをはかったり、タイミングを取るた
めにちょこちょこ動きまわったりしない。どんどん前へ出て、自分の場とリズムを強制的に敵に
おしつける。太刀が一本の場合であれば、押し込む力の虚(陰)をとられる。ところが、二刀が
互いの虚を補完しながら前進することによって、完全なる実(陽)による攻撃が可能となるので
ある。
 間合いとは、相手との距離のことであるが、必ずしも三十センチとか一メートルといった絶対
的な距離のことではない。自分にとって最適な射程距離のことであり、相手との距離が一メート
ルあっても、自分の踏み込む力・脚力によっては、三十センチにもなるし二メートルにもなる。
 また、武蔵の兵法は「場と間合いと拍子」を形而上的に見ることを特徴にしていた。精神的な
場や間合い( 相手の距離感) を重視したのである。二刀といって必ずしも太刀を意味しない。二つ
の武器のことであり、肉体と精神、裏と表といった二の関係を利用するということなのである。


「場の徳を用いて、場の勝ちを得る」
「場のくらいを見わくる所」
「敵に場を見せずといひて、敵に顔をふらせず、油断なくせりつむる心也」
 場 
 一 物理的な場
 敵と自分の立つ位置の高低の比較。
 昼は太陽、夜は月、家の中であれば灯の位置という、光と影の強弱、陰陽の場。
 足場( 平坦な硬い土、砂利道、沼、草場、等々) の良し悪し。
 二 心の場
 敵の心を読む。敵の心を知る手だてをつかむ。
 敵の心と自分の心との強さを比較する。
 自分の心と敵の心の場に高低の差をつける。
 三 太刀の場
 敵と自分の太刀の長さ( 間合い) 。
 敵と自分の太刀の高低( 敵の構えに対する自分の太刀の位置) 。
 敵と自分の太刀の置かれた環境( 障害物が近くにないか、隠れた敵がいないか) 。
 この三つの場を見るのが「観」の目であり、さらに武蔵はそこにもうひとつの場を作る。
 一刀は前へ突きだし、もう一刀はその後ろに引いたり、左右に広げて二刀の間に空間を作る。
 敵は自分と武蔵との間の場よりも、この変幻自在な仮想空間としての場の方に気をとられ、現
実の武蔵との距離を一瞬、見失う。真剣勝負では「一瞬」が生死を分ける。
 戦う二人の間に存在する体格の大小、腕力の強弱、太刀の長短という肉体的・物理的な絶対要
因は変えられない。だが、仮想空間という新たな場の創出によって、絶対的な世界は相対的な関
係に置き換えられる。誰が見ても絶対に体の小さな者であっても、仮想空間の力によって、目の
前の敵には実際以上に大きく見える。
拍子
「兵法の戦いに其敵其敵の拍子をしり、敵のおもひよらざる拍子をもつて、空の拍子を智恵の拍
子より発して勝つ所也」
 拍子
 単に、武器の量が二倍になったということではない。武蔵の「二刀流」とは、戦いの質を劇的
に変化させたという点に意義がある。
 一本の太刀では単調なタイミングでしかない。だがこれが二本になると、それぞれの太刀が独
立しながらも協調して運動するためにリズムが生まれる。一個のピアノのキーが二個になれば音
楽となるように。二刀のあいだを振り子のようにしてタイミングを行き来きさせることで生まれ
る無形の、しかしながら極めて強力なこの武器を、武蔵は「拍子」とよんだ。二天一流における
拍子とはリズムのことであり、タイミングだけを意味する他流派の「拍子」とは違う。
 二人がそれぞれ別個の動きをしてもリズムにはならない。敵と自分という二人の人間の間に発
生するのはタイミングであって、リズムではない。しかし、戦う二人の間で争われるタイミング
の取り合いという動きは、一方の武蔵が二本の太刀の間に生み出したリズムによって大きく影響
をうける。敵は武蔵のリズムに引きこまれて、攻撃のタイミングを誤るのである。
 二刀による空間( 場) をいかに効果的に運用するか。いかに自分の拍子( リズム) で敵のそれを崩し
、戦いの流れを自分の側に引き込むか。それは教科書に書かれた技術を真似たり、用例を暗記し
て行う戦い方ではない。その場その瞬間に自分の感性で場を読み、敵の心を知り、変幻自在な「
場と拍子」を作り出して敵を圧倒するという戦い方なのである。
 こうした「創作」に徹することで、武蔵はあらゆる戦いを勝ちぬいた。敵の戦い方につき合う
というよりも、いつでも自分の場と拍子へ敵を引きこんだのである。
 だからこそ武蔵は、多くの武士の中でただ一人、「芸術家」となり得た。今、自分が存在する
場における時間と空間を瞬時に切りとり、理にかなった表現方法で現実を再構成する。このプロ
セスとは、芸術のそれと全く同じではないか。
 拍子の達人武蔵は、歌舞音曲にも通じていたのである。
「世の中の拍子あらはれてある事、乱舞の道、楽人、管絃の拍子など、是皆よくあふ所のろくな
る( ひずみのない) 拍子也。諸芸諸能に至りても、拍子をそむく事は有べからず」
原理から見た二天一流
「兵法の利( 理) にまかせて諸芸諸能の道となせば、万事におゐて我に師匠なし」
「我が兵法至極して勝つにはあらず。自ずから道の器用有りて、天理をはなれざる故か。又は他
流の兵法、不足なるところにや。その後、なをもふかき道理を得んと、朝鍛夕錬してみれば、を
のづから兵法の道にあふ事、我五十の比也」
 原理から見た二天一流
 「天理」が意味するのは、たとえば太陽とその運行のこと。もの( ハードウェア) とその動作原
理( ソフトウェア)両方を天理という。太刀を上から振りおろせば絶対に下にいくというのも天理
のなせるわざである。世の中どこにでも存在するが、当たりまえすぎて気がつかない、変化・
進化・移動・成長の陰にある絶対的な理由のこと。何をするにも命がけの武蔵であったが故に、
太陽を見ても、ハードウェア(太陽そのもの)とソフトウェア(その運行)という観見の目で見
ることができたのである。
 理に忠実であれば、敵の姿形や小手先の技術といった表面的な事象に惑わされず、戦いの本質
を見て目的を見失うことがない。それが武蔵の追求した確実な勝利というものであった。
 だが、理に忠実といって、二面ある真理の一面ばかりを追いかけていては危うい。それまで勝
っていても、最後の最後でトランプの札がクルリと裏返るようにして負けることがある。芝居
でも、あまりに悲劇を追求しすぎるとかえって喜劇になってしまう。適当なところで悲劇をその
まま維持できるような歯止めが要る。勝利を勝利に終わらせるためには、(勝つ)理をそのまま
維持できるようにする必要がある。
 武蔵はこれを知っていた。「天理のおかげで勝てた」と言いながらも、その二面性をよく知り
、天理に裏切られないような仕組みを考えていたのである。
 理に徹することは大切だが、何らかの人間的なやりかたで切れすぎる太刀( 理) を制御する。武
蔵はそれを「法」とよび、「五輪書」火の巻に記した。
天理
「ものごとに勝つといふ事、道理なくしては勝つことあたはず」
 天理
 武蔵は自分の感性を研ぎ澄まし、理に敏感となり利に聡くなることをめざして、自分を鍛練
した。
 他流派では、数十もある構えや多くの技を覚えることを要求されるが、二天一流はそうでは
ない。人から教わったことを暗記しても、真剣勝負では役に立たない。それを思いだしているう
ちに斬られてしまう。「奥義・秘伝」に行きつく前に、敵と戦うことになったらどうするのか。
奥義を会得するまで待ってくれと言うのであろうか。
 武蔵の戦い方とは、自分にそなわる天理、道に落ちている真理、身のまわりにある自然を利
用し、その場、その瞬間に最も効果的な戦い方で勝つというもの。暗記した戦い方を思い出すの
ではなく、身の回りに存在するもの( 天理) の中に勝てる理を見つける。武蔵が十三歳で初めて武
士と真剣で戦い勝利した時、武蔵の天理とは「体当たり」と、倒した相手を殴るためにその場
で拾った太い「薪」であり、太陽の運行のように「絶対に前へ移動する精神」であった。
 一見バラバラでなんの脈絡もないように見える「理」。しかし、明確な思想を持つ人間には、
それらの間に存在する「見えない絆」が見える。絶対に勝つという強烈な問題意識によって、役
に立たないように見える理を、利にすることができるのである。
 「理論を知らずして実地練習にのみ汲々たる者は、舵機も羅針盤も失える船に乗る水先案内人
の如し。その行く手定かならず。実地練習は、常に正当なる理論の上にこそ立つべけれ」( レオナ
ルド・ダヴィンチ)
 "He t hat  i s t aken wi t h pr act i ce wi t hout  sci ence, i s but  a pi l ot  i n a bar k wi t hout
hel m  or  com pass, never  bei ng cer t ai n whi t her  he i s goi ng.   Pr act i ce ought  al ways t o be
bui l t  upon good t heor y.  ( LEONARDO  DA  VI NCI ) "
二の原理( 二の利得)
「両手にて( 一本の) 太刀をかまゆる事、実の道にあらず」
「二天一流の道、一命を捨つる時は、道具を残さず役にたてたきもの。道具を役にたてず、腰に
納めて死する事、本意に有べからず」
 二の原理( 二の利得)
 誰でも飯を食う時には、右手で箸・左手で椀と両手をそれぞれ別々に使う。ところが武士の家
では、幼少時から一本の太刀を両手でにぎって戦うことを教えられる。
 だが同じ武士でも、武蔵は子供の頃から「がき大将」的やんちゃ坊主であったために、両手で
戦うという「二の利得」をよく知っていた。人を蹴ったり殴ったり投げたりしてケンカに勝つ
には、押す力と引く力という、全く逆の力をうまく使って戦わねばならない。肉体の各部分を独
立して機能させながらも、それらを強い意志でコントロールする。このことに精通していた武
蔵は、自然と二本の腕で二本の太刀を使用することができた。
 戦いにおける「二の力」の意識と、絶対に勝つという真剣勝負に対する強い意志との一致。そ
れが武蔵二天一流の原点なのである。
 当時主流であった「二本の腕で一本の太刀を握る」とは、武蔵にとって、むしろ理に反した不
自然な行為と見えた。武蔵のこの考えは、一刀流が主流であった当時の常識からすれば「異端」
であったが、それは実力において二刀流( 二天一流) が劣っていたということではない。武蔵の二
刀流とは一刀流に比べてソフトウェアに依存する比重が高いため、教義として型にはめるのが難
しい、競技として規格化しづらい。そのため、一刀流のように早く広く普及することがなく、結
果として少数派であったというにすぎない。
 「ソフトウェアに依存する」戦い方とは、太刀の流れに素直で無理のない太刀の使い方という
こと。一本の太刀を両手で握ると、どうしても力任せに太刀を振ってしまうが、二本の太刀の
場合、片手で太刀を操るため、太刀の重さや運動の慣性を利用して合理的に使用しようとする。
 
 物理的な面からいえば、一刀が敵を攻撃する間、もう一刀がその虚を守る。タイミングという
観点から見れば、二刀が協調する独自のリズムによって相手を翻弄する。一刀に比べ確かに威力
はないが、互いに欠点を補い、長所を増幅させる効果を得ることができるのである。
「ある所をしりて、なき所を知る。是則空也」
「心意二つの心をみがき、観見二つの眼を研ぐ」
二の原理(二律背反) 
「そむく拍子わきまえ得ずしては、兵法確かならざりし」
 二の原理(二律背反) 
 理にかなった戦いをすれば当然勝てる。だが、理に徹すれば必ず矛盾が生まれる。それが二律
背反。真理の裏表はその背中がピタリと張りついているから、徹底的に正しいことを行うと、逆
に正しくなくなってしまう、ということが起こるのである。
 真剣勝負という命がけの戦いで確実に敵に勝つには、理にかなった行動を取ること。人間の妄
想が間に介在しない、理即行動でなければならない。
 しかし理に徹すれば、絶対に勝つと同時に絶対に負ける可能性も同じくらい高くなる。
 攻撃の機会を自分から作って斬りこめば、相手は必ずそれに便乗してカウンター攻撃してくる
。自分にとっての勝機とは相手にとってもまた、絶大なるチャンス。裏は表であり、表は裏、「
きれいは汚い、汚いはきれい」(マクベス)なのである。
 これをそのまま受け入れていたら、自分と敵とは本当に相打ちになってしまう。中国の故事「
矛盾」である。最強の矛と最強の盾とがぶつかり合えば、共に倒れる。
 それはそれで正しいことなのかもしれない。戦う者同士が共に死ぬというのは、すべてに公平
で平等である天理から見れば、きわめて当然な結果であるといえる。
 だが真理は真理としても、現実に生きている人間としてそれでは困る。天を欺いてでも、何と
か自分が勝たねばならない。二律背反をおさえ込み、自分に都合のいい真理を一方的にもってく
るような仕掛けが要る。それによって、相打ちをコンマ一秒早く自分が先取りし、最後の瞬間で
相打ちでなくすようにするのである。
 理には理をもって対処する。それが武蔵の戦いの思想。武蔵は一刀で発生する矛盾を、ハー
ドウェアを二刀にすることで解消し、場とリズムという無形の武器(ソフトウェア)によって一
致させた。理の追求によって生まれた矛盾という問題を、理によって解き、且つ結んだのである

二の原理(一致) 
「道理を得んと、朝鍛夕練してみれば、自ずから兵法の道に会う」
 二の原理(一致) 
 解き、また結ぶ
 真理とは矛盾するものだが、必ず一致する。互いに反発しながらも、強い求心力で一体化しよ
うとする性質がある。武蔵はこれを求めた。問題を解決する際、その場しのぎの方便に頼らず、
肉体的な力や太刀を振る速度でねじ伏せようとしない。「矛盾は必ず一致する」という理念によ
って、同じ真理による自然な解をねばり強く求めたのである。
 一本の太刀による攻撃では、徹底した勝利の追求は、それがそのまま敵の勝利となる危険をは
らんでいる。そこで物理的に太刀を二本にし、さらに「場と拍子」というソフトウェア( 無形の
武器) を加えて、勝利を確実にする。二律背反という、避けて通れぬ問題を誤魔化して切り抜ける
のではなく、理にかなった正しいアプローチによって一致させる。これが武蔵の問題解決法。
 そして、このハードウェアとソフトウェアの組み合わせをコントロールするOS(Oper at i ng
Syst em )に相当するのが、実の空( =智力) なのである。
 二者の戦いという、動的で双方向な世界においては、「物事は反発するが、必ずどこかで一
致し、均衡になろうとする力が働く」という、空間的な力の作用を意識しなければ、相手に勝つ
道は見いだせない。「原因と結果」という平面的・一方通行的な見方では、諦めるか後悔するし
かないのである。
 メビウスの輪
 「二律背反と一致」という天理を象徴するのが、「メビウスの輪」。
 日本の禅宗では、床の間にかざる掛軸などに悟りの象徴として円を描き、これを「一円相」と
よんで珍重するが、西洋世界における円とは、この平面的な円とは違い、ねじれた空間を持つ輪
である。一つの輪が二つの世界を含有し、二つの世界は運動することによって一つに収まる。こ
れを表現したのがメビウスの輪である。
 紙テープを二〇センチほどの長さに切り、両端をそのままつなぎ合わせる。これがただの円。
この時、一方の端を裏返しにねじってつなぎ合わせる。そうすると、表はいつのまにか裏になり
裏面は表になる輪ができる。
 「真理は裏表であり、反発しながらも再び一致する」という、西洋人が見いだした真理である

二の原理(心と体) 
「その時の理を先とし、敵の心を見、我兵法の智恵を以て勝つ」
「我が兵法におゐては、身なりも心も直にして、敵をひずませ、ゆがませて、敵の心のねぢひね
る所を勝事、肝心也」
 二の原理(心と体) 
 一枚板のはずである心と体を、敵に対してはバラバラにし、自分においてはピタリと一致さ
せる。自分は裏と表がピタリと一致した真理そのままに、敵はそれがちぐはぐな状態となる。こ
の格差が勝利につながる。敵に「差をつける」のが兵法の智恵。
 試合の時刻におくれて敵を怒らせたり不安にさせる。そこで武蔵がねらったのは、敵の心と体
の不一致であった。心と体の連携プレーがスムーズにいくからこそ、すばらしい攻撃ができる。
だから、敵のその連携を断ち切り、ちぐはぐにしてしまうのである。
 宮本武蔵と同じく百戦錬磨、命をかけた戦いに勝ちぬいたエースパイロット故坂井三郎氏は、
「心と体の一致」についてこう語った。
 零戦パイロットとして活躍していた頃は、零戦の頭( プロペラの軸) と自分の眉間、両翼の先端
と手の中指の先の感覚がピタリと一致していた。地上で自分の体を動かすよりも、零戦に乗って
空中を飛んでいるときの方がずっと速く確実に移動できた。そう感じるほど、自分の心と体( 零戦
) とが一ミリのずれもなく、コンマ一秒の遅れもなく同期していた、と。
 自分のからだ全体が心の動きに合わせて緊密に反応する。たとえば、思ったことがストレート
に正しい表現で口にでる。これさえも、心と口とが正しく連携していなければできない。いくら
正しい考えであったとしても、拙い表現でうまく相手に意図したことが伝えられないとか、かえ
って誤解を生む言い方で相手の心をそこなうことがある。それは心と肉体の一致ができていない
からなのである。
 武蔵はこの一致を、小手先の技術ではなく理で達成した。右の例でいえば、使う言葉や話し方
に工夫をこらすということをせず、その場その瞬間に的確な言葉が本能的に口から出る。そう
いう、理に素直な体質を自分の内に作り上げたのである。
武器に対する武蔵の考え方
「一命を捨つる時は、道具を残さず役にたてたきもの也。道具を役にたてず、腰に納めて死す
る事、本意に有べからず」
 武器
 武蔵の武器に対する考え方
 初めて決闘した時、武蔵は武士にとって最も大切な武器である太刀をなげすて、敵に組みつき
投げ飛ばし、目の前にある棒切れで敵を殴りつけた。ここにこそ、ハードウェア(武器)よりも
ソフトウェアが先行する武蔵の兵法(戦い方)を見ることができる。
 道場での戦いでは、武器をえらぶ自由はない。竹刀なら竹刀だけである。だが、真剣勝負では
状況に応じて、最も利にかなった武器を選択することができる。ハードウェアはなんでも良い。
勝つために今、この場でどんな攻撃をしなければならないのか。そのためにはどのような武器を
選択する必要があるのか。斬るばかりでなく、殴る、蹴る、投げるという攻撃のために、自分の
肉体の最も的確な部分を、どうやって武器にするかを考えるのである。
 武器の選択は、攻撃する側だけの特権である。攻撃側は、行動よりも意志が先行しているた
めに、どこを攻撃し何を武器にするかという選択は、攻撃を受ける側よりも先に行うことがで
きる。また攻撃のタイミングも、前向きな精神によって保証される。自分でストーリーを組み立
てることのできる側が、自分のリズムで戦いを進めていくことができるのである。
「鉄砲の弾は目に見えざること不足なり」
 遠くから敵を殺傷できるという理由で鉄砲を多用するのは間違いである。戦いとは、鉄砲とい
う一方的な道具によって機械的に勝敗がきまるのではない。そんな場面は全体のほんの一部で
あり、戦いの本質はあくまで双方向なやりとり、すなわち、その場その瞬間にもっとも適した武
器を選択する智力(ソフトウェアの切れ)にかかっている。
 鉄砲の弾の速度という物理的な速さに頼らず、二者が互いに干渉しあう関係のなかで自分が積
極的に戦いをリードし、コンマ一秒早い武器の選択と攻撃を行う。戦いのゆくえを先に見た方が
勝つ。そちらの速度を重視する方が、より重要だというのが武蔵の武器に対する考えなのである

法 
「兵法の智徳をもって、万人に勝つところを極め、・・・おのずから奇特を得、( 神) 通力不思議
有るところ、これ兵として法を行なう息なり」
 法 
 「五輪書」火の巻にまとめられた法とは、「理を以て非に落ちる」( 道理のうえで正しい者が、
かえって不利な立場になる) ことがないようにするための「理の運用法」のこと。
武蔵はこれら法の効能をして「神通力」「不思議」と表現した。
「枕を抑える」
「けんを踏む」
「敵になる」
「かげを動かす、押さえる」
「むかつかせる」
「おびやかす」
「まぶるる」
「かどにさわる」
「うろめかす」
「まぎるる」
「ひしぐ」
「さんかいのかわり」
「そこを抜く」
「あらたになる」
「つかを放す」
「いわおの身」
( 火の巻)
戦いの哲学
「死する道におゐては、武士ばかりにかぎらず、女・百姓に至るまで、差別なきもの也」
「道理を得ては道理を離れ、兵法(戦い)の道に、おのれと自由あり」
「戦いのうちに、同じ事を度々する事、悪しき所也」
 戦いの哲学
 武士とは戦い全般のプロである。戦場での戦い方ばかりでなく、あらゆる「戦い・争い・もめ
ごと」の専門家のこと。宗教に頼り、問題をうやむやにして自分の心をごまかし、諦めたりし
ない。あるいは、商人が金や物を問題と交換する、という対処療法でもない。あくまで正面から
とり組み、戦い、問題点を殺して確実に解決する。これが武士の問題解決法なのである。
 武士だから何ごとも武力で、というわけではない。武蔵の場合、その人生の半分は確かに「敵
を斬る」ことで問題を解決してきた。だが残りの三十年間は、殺すよりも「勝つ利」に比重を
おき、インド人ガンジー(一八六九〜一九四八)とまではいかないが「非暴力による戦い」に努
めた。日ごろ身のまわりに発生する問題に対し、武士らしく真正面から対応しながらも、自分の
生涯の目標・永遠の目的を見すえて生き抜いた。( 暴) 力ではなく、理を見ていたからである。
 武蔵は、戦いを哲学することを「すき( 好き) 」と呼んだ。
「弓法者、其外諸芸諸能までも、思ひ思ひに稽古し、心心にすく( 好く) もの也。兵法の道にはす
く人まれ也」
 こまごました技術にこだわり、目先の勝ち負けに目を奪われ、真の武士として戦いを哲学する
人間がいない、と武蔵は指摘する。どうすれば、より速くより確実に勝つことができるのか、最
良の問題解決への道はどこにあるのか。自分の専門である戦いについて徹底的に考えるのが武士(
兵法家) であるはずなのに、と。戦いに対するこの徹底した武蔵の姿勢は、彼の人格と人生にオリ
ジナル性、多様性を生みだしたばかりでなく、最終的には、戦いは創造であるという境地へ武蔵
をみちびいた。
「兵法の道、大きなるたくみによつて、大工に云ひなぞらへて( 「五輪書」を) 書き顕す也」
 戦いの道である兵法とは、大工の仕事と同じだと武蔵はいう。戦いとは創造のためにある。破
壊と創造を真理の両面と考える二天一流の精神がここにある。実際、武蔵はもの作りを好んだ。
絵や彫刻はもとより、城下町の区画整理まで行ったほどである。
 だが、なんといっても武蔵最大の創造は、理に忠実になることによって、自分自身を独創的な
人間として作り上げたことにある。
武士の道
「いづれの道におゐても人に負けざる所をしりて、身をたすけ、名をたすくる所、是れ兵法の
道也」
「武士は文武二道といひて、二つの道を嗜む事、是れ道也」
 武士の道
 武士たるものは、人に負けない心、何ごとにも勝つ心をもつべきである。そのためには太刀の
鍛練に励むことがもっとも確実な道だ、と武蔵はいう。自分の専門とする道におけるプロになる
。自分の存在の原点を突きつめる(哲学する)ことで、逆にそこから豊富な考えが展開してくる
。太刀の道を追求して武の専門家になれば、文の道もおのずと見えてくる。一方に深く傾注す
ると、自然の道理として必ずバランスをとろうとする力がはたらく。徹底的にどちらかに偏るこ
とで得られる自然の揺りもどしによる、最適な「真ん中」を武蔵は指向したのである。
 江戸初期、武よりも文、栄光よりも出世へと、人々の価値感が変化しはじめた頃、武蔵はあい
かわらず昔ながらの武士を指向し、太刀の利得を説いた。道場だけの武ではなく、ダイナミック
な戦いの感性で毎日を生きてこそ武士ではないか、と。武蔵は今の時代でいえば、真の体育会人
間であった。
 本来、「スポーツ馬鹿」というのはあり得ない。スポーツに強い人間はそれと同じくらい人間
的な深みを持っている。その深みを発揮する場が見つからない、時期がやってこないというだけ
の話である。
 「場と拍子」さえ合えば、すぐれたスポーツマンはまた深遠な哲学者となり得る。肉体で哲学
する習慣を生かせば、どんな場でも勝つ道は見えてくる。真剣勝負の場数をふみ、勝つプロセス
と負ける意味を知る者は、「常識」という武器を手にすることができるのである。
 武蔵は、文に関する教育など受けたことはない。武を究めたところに、自動的に文(知性)
がくっついていた、ということ。武蔵の「五輪書」がその事実を証明している。これを読めば、
いかに武蔵という人間の心が磨かれていたかは一目瞭然である。論理がしっかりとした、内容が
充実した簡潔な文章であり、表現も的確である。あいまいな言葉や宗教的表現によって問題の本
質を把握していない作者の未熟をごまかすということが全く見られない。
 真剣勝負という、論理的・科学的でなければ生き残れなかった人間ならではの「切れば血が
でる」具体的な文章であり、目に見えない精神が生きた言葉で書かれている。武蔵の武の心(太
刀の利得)を的確に反映した文の体なのである。
兵法による生活
「此道におゐて、太刀を振り得たるものを、兵法者と世に云い伝へたり」
 太刀の利得( 兵法による生活)
 太刀の道を追求した武蔵には、具体的にどんな利得があったのか。
 武蔵が生きた戦国時代と同じように、日本の国家が混乱した幕末の時代。そこで活躍した坂本
竜馬( 一八三六〜一八六七) は、剣でも強かったし頭も良かった。しかし彼は、その志の途中三十
一歳にして暗殺された。竜馬は、これからの時代は太刀でもピストルでもなく書物であり、頭で
勝つのだと言っていたが、結局は太刀で殺された。武士として確かに知識や教養は必要であろ
うが、なんといっても武士は武士。目的を達成するまでは、なんとしても生き抜かねばならない

 柳生三厳( 十兵衛) は、剣豪として名をあげ、兵法家として優れた著作を残したことでも有名
だが、四十四歳で死んだ( 暗殺されたといわれている) 。解いた者は自ら結ばねばならない。料理
研究家が食中毒で死んでは説得力がないではないか。
 宮本武蔵は、あれだけ敵を殺しながら、その肉親や門弟たちの仇討ち(報復)から逃げ果せた
。また、藩の剣術指南役佐々木小次郎を殺したからには、幕府の隠密からも狙われていたであ
ろう。武蔵はそれら仇討ち、暗殺から逃げきった。そして、自分の創始した剣法のバイブルとし
て「五輪書」を書き残したのち、畳の上で死んだのである。
 武蔵という男は、太刀の利得によって長命したといっても過言ではない。真に太刀の道を究め
た人間として培ったソフトウェア( 考え方・感性) が、殺した人の数だけ敵の多い武蔵の人生のあ
らゆる場面で生き、危機から救った。戦いの哲学が生活の理念として活用されたのである。
 武蔵が生涯風呂に入らなかったというのは有名な話である。歌舞伎の播随院長兵衛ではないが
、戦う武士にとって入浴とは、敵に殺してくれといっているようなもの。武蔵にしてみれば入浴
の爽快さをじっと我慢し、手拭いで体をふく程度のことは、武士として生き残るうえで当然の「
たしなみ」であった。
 武蔵は人を遠ざけるために、わざと臭くしていたのかもしれない。人とのつき合いや、他人の
評判を気にしたり肉親の情にふりまわされて殺された勇者というのはいくらでもいる。武蔵は、
世間の目や風評に動じない、負けない心を平素から涵養するのが武士、という信念を持っていた
からこそ、生涯を貫徹し、解いた紐を再び結ぶことができたのである。
「岩尾の身と云ふ事、兵法を得道して、忽ち岩尾のごとくに成りて、万事あたらざる所、うごか
ざる所」
真の武士道とは
「太刀の徳よりして、世を治め、身をおさむる事なれば、太刀は兵法のおこる所也」
「世の中に、兵法の道をならひても、実の時の役にはたつまじきと思ふ心あるべし。其儀におゐ
ては、何時にても役にたつやうに稽古し、万事に至り役にたつやうにおしゆる事、是、兵法の実
の道也」
 太刀の利得( 真の武士道)
 太刀の道を深く究めただけに、武蔵の人間としての深みはそれと同じくらい大きかった。
 技術を覚えるよりも、太刀の重さや運動の慣性という「理」を効果的に利用する。外に向かっ
て知識を増やすよりも、「理の探究」によって自分を掘り下げる。人間的な思索に耽るよりも、
「天道を鏡とする」ことで、敵に勝つための正しい自分のあり方を追求する。
 そういう理に徹した人間の感性は、日頃のなにげない生活、殺し合いという緊張が解かれた場
面で芸術を生む。武蔵の絵とは、技巧ではなく精神の切れ味で描かれている。真剣勝負の感性を
そのままに、あるいは逆に鈍らせて、その時々の精神を絵にしたのである。
 武蔵という人間は、無意味に人を斬って殺しを重ねた殺人鬼ではない。その行為のうちに人間
の感情や感性をこえた「天理・道理」を見ていた。だからこそ、彼の精神は優れた絵や彫刻、文
章に姿を変えて表現されたのである。
 戦国時代からの真の武士気質をもつ肥後藩主・細川忠利は、武蔵と同じくものごとを、太刀の
利得という観点から見ていた。だから、金地院崇伝という高僧や、天下の旗本( 高級官僚) 柳生宗
矩まで辛辣に批判した。
 貴族的・人間的な感性から作り出された肩書・権威を否定し、実理という価値観に基づく武士
の心・太刀の精神を重視した真の武士である忠利には、武蔵と相通じるものがあったのである。
 徹底して理にかなった道を追求した武蔵ばかりでなく、中央の権力者を名指しで批判した忠利
も孤独であった。だが、理に徹したが故に孤独であったからこそ、彼らの心は逆に豊かになり、
美しい文の心が生まれたのである
 「0への限りなき努力によって敵に勝つ」ことを教えた、もう一人の孤独な武士ガンジーの魂は
、太刀の利( 理) に徹した武蔵の精神と全く同じ道を、逆方向から歩んでいたといえるだろう。
空 心意観見
「空と云い出すよりしては、何をか奥と云い、何をか口といはん。道理を得ては道理をはなれ、
兵法の道に、おのれと自由ありて、おのれと奇特を得、時に遭いては拍子を知り、おのづから
打ち、おのづからあたる、是れみな空の道( 心意観見) 也。おのれと実の道に入る事を、空の巻に
して書き留むるもの也」
「心意二つの心を磨き、観見二つの眼を研ぎ」
 空 心意観見
 地の巻から始まる二天一流の「二の原理」は、空の巻において初めに戻る。
 空とは、人生は虚しいとか空虚だとかいう無常観のことではない。武蔵が使う「空」とは、毎
日を戦うことによって生きる人間、現実の生活を生き抜こうという強い意志をもつ人間が活動す
る空間のこと。人間がつくった「無」という概念を飲み込む、実の存在としての空間である。
 武蔵のような兵法家にかかれば、無は有に空は実へと思考は転換する。何ごとも前向きにとら
え積極的に働きかける世界にしてしまう。これが戦う男( 兵法家) の心なのである。
 
 「あるところを知りて、なきところを知るべし」
 戦いにおける究極の一点は「心意観見」にある。この認識に到達した武蔵が後をふり返れば、
実はそれが原点であったことに気づく。十三歳での初めての決闘と巌流島での最後の決闘とが、
武蔵の心の中でメビウスの輪の如くつながったのである。
 人の精神の歴史とは、くるくると平面的な円をまわっている。
 だが理を知る人間は、立体的に上へ向かって円を描く( 蚊とり線香の中心をつまんで引っ張りあ
げたような形) 。方向性のある動的でスパイラル(らせん状)な軌跡を描きながら、上にある一点
へ向けて収束していく。それはまた、コップの水に落された一滴のインクが、一旦は拡散して
薄まっていき、やがて再びもとのインクに凝縮していくように。
 「空は善有り、悪無し
 智は有也
 利は有也
 道は有也
 心は空也」
 「空の空。空の空なるかな、すべて空なり」( 旧約聖書)
独行道
 独行道
 武蔵が、死の七日前に書き残した「武蔵の詩」
一、世々の道にそむくことなし
一、身にたのしみをたくまず
一、よろずに人を頼む心なし
一、身をあさく思ひ、世をふかく思ふ
一、一生の間欲心思はず
一、我、事におゐて後悔をせず
一、善悪に他をねたむ心なし
一、いづれの道にもわかれをかなしまず
一、自他共に恨みを愚痴る心なし
一、恋慕の道思ひよるこゝろなし
一、物毎にすきこのむ事なし
一、私宅におゐてのぞむ心なし
一、身ひとつに美食をこのまず
一、末々代物なる古き道具所持せず
一、わが身にいたり物忌みする事なし
一、兵具は格別、世の道具たしなまず
一、道におゐては死をいとはず思ふ
一、老身に財宝所領もちゆる心なし
一、仏神は貴し、仏神をたのまず
一、身を捨ても名利はすてず
一、常に兵法の道をはなれず
 楽しき哉、我が孤高の人生。
 金も物もいらない。人間の考えた神も仏も不要。自分のうちにある魂( ソフトウェア) こそが、
現在と過去を一致させ、未来へつないでくれる。
 二刀による変幻自在の場とリズム。このソフトウェアによってあらゆる戦いに勝ち抜いた武蔵
であったからこそ、「ファイティング・スピリッツ( 魂) 」の存在を信じた。この肉体は滅んでも
、我が魂は後の世まで永遠に残る。空にこそ実理( 利) がある。すべてを知る強者だけがもつこと
のできる心。それが空なのである。
日本拳法とは
「世の中において、人をきる事、替る道なし。打ちたたき斬るといふ道は、多くなき所也。若し
かはりては、つくぞ( 突く) 、なぐぞ( 投げる) といふ外はなし」
 日本拳法とは
 日本拳法とは、頑丈な防具を着用することで、真剣にケンカができるスポーツである。
 何かに気がねし、躊躇し、手かげんして生きる、寸止めの生活から開放され、人間としての原
点に帰り、真剣勝負の感性から現実を見ることができる。
 一 徹底する( 真剣勝負の心)
 日本拳法では、一〇〇どころか二〇〇〜三〇〇パーセントの勢いで敵を殴る。腹部を蹴るとき
でも、相手の防具である胴をぶち破り、背骨を突き抜けて向こうに足がとび出ることを意識する
ほど強力な蹴りが要求される。相手を投げて倒した場合、それで終わりではない。その上から
殴る・蹴る( まねをする) 、関節技で完全に敵の動きを止める。それくらい徹底した攻撃でなけ
れば、審判の判定は一本にならない。防具を着用しているからこそ、徹底的に敵を殺すほどの意
気込み(真剣勝負の精神)を発揮することができるのである。
 二 智力で勝つ(ソフトウェアの戦い)
 防具の着用により、直接相手の肉体を傷つけることがないため、体の大きさや腕力の強さが試
合の勝ち負けを決める決定的な要因とはならない。場とリズムを生む創造力、機に応じて変化を
制す判断力といった、二天一流で求められるのと同じ内面的な力が、日本拳法においてもまた重
要となる。
 三 現実の追求(空の論理)
 剣道では竹刀だけ、サッカーなら足と頭だけというように、スポーツとは、そこで使用する武
器を限定し、その不自由さによって心身を鍛練しようとする。だが日本拳法では、体と精神の働
きをフルに活かして戦うことで、内なる自分の可能性(理)を徹底的に探究する。
 二天一流と同じく、日本拳法もまた「空( 現実) の論理」に基づく。体を動かし理( 利) を追求す
ることで勝利の道を見い出す。実時間と実空間の世界で現実に勝つのである。
 この章では、二天一流の視点から日本拳法を見る。
「なんでもあり」と「これしかない」
「観見二つの眼を研ぎ」
「平生、人の心も鼠頭牛首と思ふべき所、武士の肝心也。兵法、大分・小分にしても、此心を離
るべからず」
 多様性と限定性 
 日本拳法とは、強烈なボクシングのパンチと柔軟性のあるキックボクシングの蹴り、相撲や柔
道の投げ、フェンシングの踏み込み、剣道の足さばき、そして合気道の「気を合わせる」精神が
集約した総合格闘技である。しかもその多様性の中で、徹底した確実性を追及する科学的なスポ
ーツでもある。
「なんでもあり」の心
 日本拳法は、ケンカという闘争本能の原点に限りなく近づくために、戦いに於ける自由な攻撃
の発想が許されている。 徹底して勝利という目的を追求するために、殴る・蹴る・投げる・固め
るといった多彩な攻撃を駆使する自由な精神と、戦いの流れを意識することが求められる。
 ボクシングでは、せっかくいい殴り合いが展開されていても、クリンチという抱きつく状態に
なると戦いは中断してしまう。しかし、本来の戦いとは相手を叩きのめすまで止まることはあり
得ない。この戦いの現実を、日本拳法では多彩な攻撃によって実現することができる。水がその
行き着くべきところ( 勝利) まで、様々な姿( 激流・波状攻撃・ゆったりした流れ、等々) に変化しな
がら、決して( 攻撃の) 流れを止めることがないように。
「これしかない」の精神
 だが、「なんでもありだが、これしかない」というのもまた、日本拳法である。これしかない
をより確実にするために、なんでもやるのである。
 多くの選択肢とは、結局は、最も合理的な一点に集約される。日本拳法には、まわし蹴りのよ
うな見た目に派手な攻撃方法もあるが、それらは「これしかない」を援護するために使用される
ことが多い。二天一流における剣による面突きと同じく、日本拳法においても、拳による面突き
こそが、戦いを一瞬にして決める最も合理的な攻撃となる。
 多くの可能性の中から、最も理にかなった一点を瞬時に現実化する。大と小、強と弱、遅と速
というメリハリをつけて戦いの流れを一点に集約するのである。
真拳勝負
「敵を斬るものなりとおもひて、太刀をとるべし」
 真拳勝負
 真拳勝負とは、実際に敵を殴ること。自分が殴るか相手に殴られるか。殺すか殺されるか。
 思いっきりパンチを振り切る世界では、自分の身を敗北の危険に曝し、ギリギリの場に自らの
精神を置くことのできる者だけが、勝機を勝利に現実化することができる。
 日本拳法に限らず、あらゆるスポーツを行う意義の一つは、真剣勝負における自己鍛練にある
。切羽詰まった、考えるひまなどない、動的な戦いの場。そこでは、本来誰もが持ちながらも日
常の生活で無意識に押し殺している、戦いの感性を掘り起こすことができる。日本拳法とは、真
拳による戦いという極度の緊張感によって、隠れた真の自分を見る道なのである。
 双方向の世界
 野球やアメリカンフットボールと異なり、日本拳法とは攻撃と防御が分かれていない。
 一方が攻撃する時に他方は防御だけという決められた役割分担がなく、一つの行動の中に攻撃
と防御が同居している。戦う二人が同時に殴りあう相打ちの瞬間。この時、どちらの攻撃が真の
攻撃であり、どちらの攻撃が防御であったのかが明らかになる。日本拳法を行う者・観る者が共
に体験する、真理の裏表の世界である。
 最後は一人
 バレーボールやサッカーのような、集団で勝利を追求する競技とちがい、一対一の勝負である
日本拳法では、勝敗の行方は完全に個人の能力に依存する。敗北は他人や天候のせいではない、
勝利は神のおかげではない。観客の声援は勝者に対してのみ有効となる。すべてが自分自身に
よる、徹底した肉体と精神の孤独な運用にかかっている。
 三分間というきわめて短い時間と、数メートルの狭い空間の中で、自分の肉体と精神を組織的
・瞬間的に有効活用し自己完結する。切りつめた時間と空間の中で勝利の可能性を徹底的に追
求し、現実化するためのダイナミックな戦い。これが真拳勝負の世界、日本拳法の世界なので
ある。
面突きの精神
「面をさす(刺す)といふ事、忘るべからず」
「面をさすといふは、敵太刀相になりて、敵の太刀の間、我太刀の間に、敵のかほを、我太刀さ
きにてつく心に、常に思ふ所肝心也。敵の顔をつく心あれば、敵の顔、身も、のる( 反る) もの也
。敵をのらするやうにしては、色々勝つ所の利あり」
 面突きの精神
 他の格闘技では、両の拳( グローブ) は顔面を防御する位置に構える。しかし日本拳法では、半
身になり右の拳を上体の真ん中( みぞおちの辺り) でにぎり、左の拳は同じく腰につけて、くの字
に曲げて前へ突き出す。これが中段の構え。日本拳法の構えは、左右の拳が前後して腰のあたり
に位置する。
 宮本武蔵の構えが、左右の剣をだらりと下げて顔面を曝けだしているのによく似ている。顔面
をむきだしにして敵の攻撃を誘う。
 最大の危機を最高の好機に置き換える。面という一番の急所へ敵の攻撃を誘い込みながら、ギ
リギリの所で自分の攻撃に反転させる。これが日本拳法における「面突き( 相打ち) の精神」なの
である。
 一撃必殺だからこそ最も困難な面突き。これを達成するため、あえて危険に身をさらし、他の
攻撃によって面突きを援護する。懐の深い敵の中へ強く踏み込み、面突きを入れやすくするため
に蹴りや胴突きで敵の姿勢を突き崩す。また、たゆまぬ前進によって敵に接近しすぎた場合、そ
のまま相手に抱きつき膝蹴りや投げで攻撃の主導権を維持しながら、一撃必殺の面突きへ戦いの
流れを持っていく。
「One f or  Al l .   Al l  f or  One. ( 面突きはすべてのために、すべては面突きのために) 」
 真の強者とは、いつでも「自分の一点」に敵を引き込み、確実にそこで勝つ。
 流れに多少の違いはあっても、最後の最後では必ず同じやりかたで勝つ。たとえそれを相手が
わかっていても、そこから逃れることはできない。強者のプロセスへ引き込まれるかのように
して、敗者は当然の如く敗者となる。
 武蔵が六十数度の戦いに勝ち抜いた理由はそこにある。その時その瞬間、新たなる心で戦いな
がら、武蔵は最後の一瞬では必ずその一点へ敵を引きこみ、無理なく勝ったのである。
相打ちの美学
「喝咄と云ふは、いづれも我打ちかけ、敵打ちかへすやうなる所、はやき拍子を以て、喝とつき
あげ、咄と打事。この拍子、 何時も打合いの内には、専ら出あふ事なり」
 相打ちの美学
 日本拳法の原点は面突きにあり、面突きの要諦は相打ちにあり。
 相打ちをいかに乗り越えて勝つか。ここに、格闘技としての日本拳法最大の闘争心が求められ
、また、二天一流と日本拳法における最大の共通点がある。
 たがいに静止して構えている時、いきなり打ちかかっても、グローブで防御されるか避けら
れる。よほどぼんやりした相手でなければパンチは当たらない。自分が動いて敵を動かし、しか
も先に攻撃しなければ、短い時間の中で勝機を見つけ、それを自分のものにすることはできない

 かといって先に攻撃すれば、相手は「先の先」を取りにくる。先制攻撃は必要だが、自分が攻
撃する直前に敵に攻撃されると、かえって致命的な打撃を被る。
 完全なる一本を取るために乗り越えねばならない相打ちの恐怖と、それを克服したところに「
相打ちの美学」が生まれる。
 コンマ一秒の相打ちに勝つため、更にその先を取ろうとする。そしてこれが決まった瞬間の美
しさは、観る者を魅了する。我々はミケランジェロの彫刻を、真・善・美が一体となった美しさ
として称賛するが、日本拳法における面突きもまた、正しさに裏打ちされた善なる美しさがある

 どちらも間違いではない。共に正しいことを行っている。にもかかわらず、そこにあってなか
ったものが勝者と敗者とを厳格に分ける。見た目には全く同じタイミングで攻撃しているのに、
勝利の女神は一方にしか微笑まないのである。
 コインの裏表のようにピタリと張りついた勝利と敗北。それを反転させるために、一瞬早く打
っても負け、遅くてもまた負ける。相対的な時間の中では、全く正しいからこそ勝ち、全く正し
いからこそ負ける、ということが起こり得るのである。
 剃刀の刃一枚で切り分けられた勝者と敗者のコントラスト。写真や絵、音楽や彫刻、あるいは
どんなに美しい言葉よりも説得力のある、生きた人間の真理がそこにある。
 自分と敵との時間の中で先を取る。この相対的な関係に勝つことが、審判、観衆、神をも納得
させる絶対的な勝利となるのである。
 
相打ちにならないために
「先を取る事、肝要也」
「敵のながれをわきまへ、相手の人柄を見うけ、人のつよき・よわき所を見つけ、敵の気色にち
がふ事をしかけ、敵のめりかりを知り、其の間の拍子をよくしりて、先をしかくる所肝要也」
「思はざる所へ、いきどふしく仕掛けて、敵の心のきわまらざる内に、我が利を以て、先をしか
けて勝事、肝要也」
「ひたいにしわをよせず、まゆあいにしわをよせて目の玉うごかざるやうにして、またゝきをせ
ぬやうに思ひて、目をすこしすくめるやうにして、うらやかに見ゆる」
 相打ちにならないために
 相打ちを相打ちでなくし、自分が勝つにはどうしたらよいのか。
 一 敵よりもコンマ一秒早く自分のパンチが敵の顔面に届くようにする
 勝新太郎の映画「座頭市」の居合斬りとはこれである。この盲目の剣客は、敵がその太刀に手
をかける時の音( 呼吸) に反応し、自分の太刀( 仕込み杖) を抜きざまに斬りつける。しかも、抜いた
太刀をふり上げてから斬るという二テンポの動作ではない。太刀を抜きながら敵に体あたりする
ようにして斬る。助走がない分、敵よりも早く斬りつけることができるのである。
 武蔵の二天一流では、この拍子を「五方の構え」と呼ぶ。助走のない構えから斬りにいくリ
ズム。少しも太刀を後ろに引かず、構えた位置からそのまま斬りつけるのである。
 日本拳法もまた、助走のない構えからパンチを打つ。右の拳も左の拳も九十度の角度で、しか
も手首を返して腰の位置につけている。腕と手首とに、すでに殴るための「溜め」が盛り込まれ
ているから、一ミリも後ろに助走することなく、その位置から強力なパンチをくり出すことがで
きる。どんな状況であっても、このリズムを維持できた方が、究極のコンマ一秒に勝つのである

 二 相手の攻撃を不完全にし、自分の攻撃を一本という完全な攻撃にする
 「場と拍子」によって敵の心を乱して間合いを見誤らせ、打つタイミングを狂わせる。敵のパ
ンチが虚しく空を切るとき、自分のパンチだけが正確に敵の顔面をとらえる。
 三 敵の動きを止めて一方的に自分が打つ
 敵を追いこみ、その反動で敵が打って出てくる瞬間、先を取る。敵の心を圧迫し、あるいは誘
導し、その反転する瞬間を刺すのである。
敵をリードする
「敵のしかくると、そのままその理を受けて、敵のする事を踏みつけて勝つ心也」
「兵法の智力を得て、我が敵たるものをば、皆我卒なりとおもひとつて、なしたきやうになすべ
しと心得、敵を自由にまはさんと思ふ所、我は将也、敵は卒也」
「心道にひかされて、人にまわさるる心あり。兵法の道、直に礼しき所なれば、正理を以て、人
を追いまはし、人をしたがゆる心肝要也」
 敵をリードする
 相打ちを乗り越えて勝つには、敵の自分への攻撃を許しながら、こちらがコンマ一秒先に敵を
攻撃する、という流れを作らねばならない。
 肝心なことは、敵が自分を攻撃する瞬間を事前に知っていなければならない、ということ。そ
のためには、自分が希望する場所と武器とタイミングで攻撃してくれるように、敵を誘導する必
要がある。
 こちらの意志で敵に攻撃させる。これが「先の先」という戦い方を完全に成立させる決め手で
あり、ここで初めて確実に敵を潰すことが可能となる。自分の待ち構える一点に来てもらうこ
とで、相打ちを乗り越えるという命題がクリアーされるのである。
 柔道には「返し技」という考え方があるが、敵が自分を攻撃してくるのを待って返すのでは、
確実な返しを行なうことはできない。敵がこちらの期待する技をしかけてくれるよう、相手に働
きかけることで、自分が勝てる流れができてくるのである。
 この一点に来れば、必ず敵は止まる。これが強者の兵法なのである。
 では、どうリードするか。
 ここでもまた、二天一流と同じく「物事を理に忠実に追求する」精神が重要である。
 人間的な考えで先を読もうとしたり、他の事例をそのまま、自分が直面する問題に適用しても
、現実に翻弄されるだけである。
 「理をそのまま受けて、敵を踏みつける」。「理に素直であれば、敵の行動も自分の命令で行
わせているかのように把握できる」「正理をもって敵をコントロールする」
 それは、自分が見る月や自分を照らす太陽の位置から、その運行する軌跡を追いかけるのと同
じ作業なのである。
前へ出る
「敵を打ちとるには、少しも引く心なく、強く勝つ利也」
「心意二つの心をみがき、観見二つの眼を研ぎ」
「目の付けやうは、大きに広く付る目也。観見二つの事、観の目つよく、見の目よはく、遠き所
を近く見、ちかき所を遠く見る事、兵法の専也。敵の太刀を知り、少しも敵の太刀を見ずと云事
、兵法の大事也」
 前へ出る
 戦いの本質とは心の戦いであり、心で負けた方が現実の勝負でも負ける。前へ出ながら執拗に
顔面を攻撃するのは、敵に戦闘意欲をなくさせ、論理的な思考を乱すという目的も含んでいる。
 前に出て敵を押し込む側は、場の状況と敵の心がよく見える。反対に追い込まれている側は自
分が小さくなっているために、視野が狭くなる。
 さらに、押し込む側は相手の動きがスローモーションのように見えるのに対し、押し込まれた
側は目の前の出来事が早送りのように見える。圧迫感をうけるために時間の感覚が鋭敏になり
すぎ、実時間以上に時間を早く感じる。攻める側も守る側も同じ絶対時間のなかにいるのに、そ
の感じ方が、立場によって異なるという現象が発生するのである。
 精神的に前へ出る
 いくら打つパンチの数が多くても前へ出ていても、心で負けている者は最後の段階で逆に殺さ
れる。一方で強者とは、形は後ろへ下がっても心では前へ出ている。
 心が強いというのは、敵との精神的な間合いを知る力と、自分自身のリズムを持っているとい
うこと。自分の強力なリズムを持っているから、敵の精神的な攻撃に揺るがない。逆に敵のリズ
ムを自分のリズムで飲み込んでしまうのである。
「鉄砲にても、敵のはなつ内に、はやかゝる心。はやくかゝれば、矢もつがひがたし、鉄胞もう
ち得ざる心也」
「我が兵法におゐては、身なりも心も直にして、敵をひずませ、ゆがませて、敵の心のねぢひね
る所を勝つ事、肝心也」
踏み込み
「我が兵法において、足に替わる事なし」
 踏み込み
 強く踏み込むことによって先の先を取る。
 強力な踏み込みによってパンチの速度は倍加し、有効射程距離はぐんと伸びる。たとえ敵に対
して不利なリーチ( 腕の長さ) であったとしても、踏み込みの力でこれを凌駕できる。
 下半身(足)による間合いの調整
 ボクシングでいう「スウェーバック」とは、殴るという攻撃だけに対して有効な行為であって
、蹴りや投げもある日本拳法でこの姿勢になるのは危険である。上体を反らしたり前かがみにな
って間合いを取ろうとすると、体の重心が不安定になる。
 敵との距離の微妙な調整も、あるいは、ここ一番というところで一気に敵の懐へ飛び込み、敵
のカウンターパンチを蹴散らすほどの鋭い踏み込みも、共に足腰で行う。足による間合いの使い
分けができれば、相打ちは相打ちでなくなる。
「先づ、気に兵法を絶えさず、直なる道を勤ては、手にて打ち勝ち、目に見る事も人に勝ち」自
分が作る場と拍子から、一気に敵の(心の)懐へ進入する。
「我が兵法の智力を得て、直なる所をおこなふにおゐては、勝つ事うたがひ有るべからざる」理
に適った完全な心身の一致による、敵に対する強力な侵入。
「敵を打つ身に、太刀も身も、一度には打たざるもの也。敵の打つ縁により、身をば先へ打つ身
になり、太刀は身にかまはず打つ」足腰と肩を入れて打ちこむ。
「打つと云ふ心は、思ひうけて確かに打つ也。当たるは、行き当たる程の心」当たるというのは
上半身だけでパンチを振り回すこと。それに対して「打つ」というのは、踏み込んで打つ決定的
なパンチのこと。
 
 たとえ一センチであっても、踏み込みながら前へ打つパンチと、腕だけ・上体だけのパンチと
では、中身が全く異なる。「当たる」パンチでは相打ちに勝てない。踏み込んで打つ破壊力のあ
るパンチだけが、相打ちという均衡を打ちやぶることができる。前へ出て敵の心に踏み込むので
ある。
心と体の一致(無念無相)
「敵も打ださんとし、我も打ださんと思ふ時、身も打つ身になり、心も打つ心になつて、手はい
つとなく、空より後ばやにつよく打つ事、是、無念無相」
 心と体の一致(無念無相)
 相打ちに勝つためには、心と体が完全に一致している必要がある。心が打つと思った瞬間、コ
ンマ一秒の遅れもなく肉体が正確に目標を攻撃する。
 この完全一致を追求する過程が「鍛練」である。ただ筋肉を鍛えることを鍛練とはいわない。
鍛えた筋肉が自分の心と寸分の誤差なく作動する。肉体を鍛え、心を鍛え、そして一致させる。
これが智徳であり、そこへ至るための過程を、武蔵は「千日の鍛、万日の練」とよんだ。
 日本拳法では、肉体ばかり強くても勝利には結びつかない。
 破壊力のある右のパンチとは、左の拳の強力な引きがなければ生まれない。徹底した「押し」
には、徹底した「引き」という裏付けが要求される。逆にいえば、たとえ非力な者であっても、
パンチを打つ時に引きの力をうまく一致させれば、その威力は倍増する。二つの矛盾した要素を
相殺したり増幅することによって勝利につなげるのである。
 コンマ一秒のあいだに敵の意図を見抜き、その瞬間に最適な行動の選択が要求される真剣勝負
の世界では、後悔などしていられない。誤った判断でさえ善なる攻撃に転用する智恵と、前へ出
る勇気がなければ、相打ちという五〇:五〇の均衡を破ることはできない。
 自衛隊や警察で採用されているだけに、実用的、すなわち最もケンカに近い格闘技という印象
があるが、日本拳法の真価とはそれだけではない。戦いを科学する心を養い、内なる心と体の一
致が外の世界と一致するという、ケンカでは得られない喜びを味わうことができる。
 二天一流の「無念無相」とは、心と体の一致という状態のことである。
 「無念」とは、理知的な追求はするが人間的な思索はしないということ。人間の思惑や感情を
排除し、理詰めで物事を追求する心のことである。
 「無相」とは、内面的な心とその結果として表れる行為とが完璧に連動していること。理に適
った心と、理に素直な肉体とが完全に一体化している状態のことである。
 心と体が境目なくピタリと一致しているから、行動が考えとなり、考えがそのまま行動となる
。これがコンマ一秒という相打ちの世界で勝つために必要とされる、心身の状態なのである。
 俗に言う「無念無想( 念じない想わない) 」や「無心」というのは、人間の考え出した別の心的
状態のことであり、「無念無相」とは違う。
心と体の一致(確かな心)
「兵法の道、直に礼しき所なれば、正理を以て、人を追い廻し、人をしたがゆる心肝要也。」
 心と体の一致(確かな心)
 自分は、心と体が完全に一致した無念無相の状態にありながら、敵を無心の状態に追い込む。
この確かな心だけが、現実の戦いで真の力となるのである。
 「無心」では殺される
 武蔵は坐禅などしない。結跏趺坐( 胡座) という姿勢は、武士にとって非常に危険な座りかたで
ある。こういう状態で敵に襲われると、坂本龍馬のようになる。龍馬ほどの使い手であれば、至
近距離で不意を突かれたとしても、正座をしていたならば死を免れたかもしれない。
 宮本武蔵という、瞬きをしない、風呂に入らないほど用心して生きていた人間が、のんびり坐
禅などするわけがない。
 真の武士とは、本能的に不安定な姿勢を嫌い、危ない場所に近づこうとはしない。坐禅そのも
のの良し悪しというよりも、そういう不自然な姿勢になることを極力避ける。ほんの一瞬の「心
の隙」「不用意な姿勢」が命とりになるということを、数十年の殺し合いという経験が警告する
のである。
 坐禅で求める「無心」とは、瞑想を商売にする人間は別として、実社会で生きる人間にとって
は危険な精神状態である。無心になって竹刀を振る、などというが、それは道場の中で止まった
目標を相手にしている時だけ許される行為である。移動して、しかもこちらを攻撃する意志を持
つ人間相手の場合、無心では勝てない。戦いというダイナミックでインタラクティブな場におい
ては、無相という「意識ある集中」でなければ的確に対応できないのである。
 無心・無我というのは一種の覚醒であり、意識があるようで、ない。心と体がバラバラになっ
ている状態である。無心とは気持ちの拡散であって、無相という精神の集中とは似て非なる心の
状態なのである。
 真の強者は戦いの経過を覚えている。「無我夢中」で戦っていたら勝っていたなどというのは
、素人がまぐれ勝ちしたというような場合だけのこと。
 故坂井三郎氏は、敵味方の戦闘機数十機が入り乱れて戦う空戦の場で、数十分にも及ぶその様
子をしっかり見て、各戦闘機の動きを逐一覚えていた。そして、それらを空戦記録として書き残
しているが、その記録は米軍側の資料とも、一致している。
 戦いのプロに無心などない。無の境地などというのは人間の考えだした、小説やアニメのよう
な空想の産物なのである。敵はあなたが無心になることを欲しているが、彼ら自身が無心になる
ことはない。
判定の美学
「直なる道を勤ては、手にて打ち勝ち、目に見る事も人に勝ち、又鍛練をもつて惣鉢自由なれば
、身にても人に勝ち、 またこの道に馴れたる心なれば、心をもつても人に勝ち。この所に至り
ては、いかにとして、人に負くる道あらんや」
 判定の美学
 日本拳法で重要な点は、戦いにおける「判定」にある。
 格闘技といっても、ボクシングのようにノックダウンで勝敗が決定するのではない。勝敗を決
めるのはリング上で戦う当人たちでなく、二人の戦士を見守る三人の神ならぬ審判員である。彼
らが効果的な攻撃に対して与える「一本」というポイントによって、勝負は確定する。
 大切なのは、その判定基準が合気道や居合道に見られるような「美しさ」を基準にしている、
という点にある。
 相手にダメージを与える強烈なパンチであることは重要である。しかし、そこに美しさがなけ
れば、日本拳法では一本として認定されない。なぜならば、強さとは正しさの証明であり、本当
に正しいものは美しいのだから。
 真の勝者とは、自分と敵との関係において優れているばかりでなく、第三者を含むあらゆる存
在に対して普遍的な説得力をもつ者のこと。実の心で現実( の判定) に勝つ意識を持つ。それは
また、英雄たる者の条件でもある。
 試合時間は三分間。三分間フルに戦い、勝ちとった本数の数で競う「本数勝負制」と、三分経
過せずとも、先に二本先取した方が勝ちとなる「三本勝負制」の二つがある。
 日本拳法で着用する防具( 面・胴・グローブ) の総重量は約八キログラム。砂糖や塩のワンパッ
クが、一キロであるからその八個分に相当する。そのうち、面の重さは約四キロとかなり重い。
 もっと軽くすることは技術的には可能である。だが、この重さが安全性を高めてくれる。強烈
なパンチの衝撃を重さが吸収するのである。軽自動車よりも大型車の方が正面衝突の際、乗って
いる人間へのダメージが軽くてすむのと同じ原理である。
 もともと、ボクシングのリングで日本拳法の( 公式) 試合は行われていた。一本という戦いの決
着がつくまで戦いの流れは止まることはない。アナログ的な流れの中で、二者の生死が決定した
時にデジタルとなる、というのが現実の戦いの姿であるのだから。だが、リングの設営・解体に
はコストがかかるため、現在はウレタン製のマットの上で行われている。
勝利とは
「人を持つ事に勝ち、人数をつかふ事に勝ち、身をたゞしくおこなふ道に勝ち、国を治る事に
勝ち、民をやしなふ事に勝ち、世の例法をおこなひ勝ち、いづれの道におゐても、人にまけざる
所をしりて、身をたすけ、名をたすくる所、是れ兵法の道也」
 勝利とは
 自己満足では、日本拳法における勝利とはならない。
 自分の攻撃が三人の審判員を納得させるだけの説得力をもたなければ、一本というポイントに
ならず、観客が同意する勝利とはならない。自分にとって理( 利) があるというだけでなく、自分
の行為が第三者にも理解してもらえるだけの完璧な道理でなければ、真の勝利・確かな歴史には
ならないのである。
 日露戦争時、海軍の東郷提督は、国際法の法規を念頭におきながら日本海海戦を戦った。目の
前の勝ち負け以上に、自分と敵以外の存在を意識し、誰もが認める確実で普遍的な勝利を念頭に
おきながら、今を戦ったのである。
 宮本武蔵は常に大衆( 天) を意識して戦った。地位も身分もない一介の素浪人が幕府公認の指南
役と戦う場合、ただ強いだけでは勝てない。剣の戦いに勝てても、幕府によってその事実がゆが
められてしまっては、勝利は勝利でなくなってしまう。
 敵と自分だけでなく、自分たちを見守る「天」の存在を、武蔵は常に意識していた。大衆とい
う第三者、世論という審判員を自分の味方につけることで、勝利は勝利として初めて確定する。
勝つまでは自分の戦いであるが、勝った瞬間から、その評価は他人のものになる。客観的な努力
をしなければ、人のみならず天でさえ正しく見てくれない。「仏神を頼らず」とはそういうこと
である。天を納得させるほど説得力のある勝利にまでもっていく。それが「確かに勝つ」という
ことなのである。
 この努力によって、真のアウトローとして時の権力者により歴史から抹殺されてしまったはず
の武蔵の事跡は、人々の心の記憶として今に生き残っている。我々は宮本武蔵という人物像を、
学校の歴史の教科書で知り得たのではない。四百年にわたる口伝・口承の歴史として、その名は
日本人の記憶に生き続けているのである。
 日本拳法で、審判員の手を同時に自分に上げさせるためには、自分自身が公明正大なジェント
ルマンでなければならない。マナーに気をつけるというのではない。正しさを見せつけるという
、歌舞伎でいう「決め」のスタイル。この客観的感性だけが、次なる勝利を約束してくれるので
ある。
徒手格闘術と日本拳法
「大きなる太刀を好む流派とは、兵法の利なくして、長きをもって遠く勝たんとする。それは心
の弱き故なるによつて、弱き兵法と見たつる也」
 徒手格闘術と日本拳法
 ボタン一つで戦いが決定するという、このハイテクの時代にもかかわらず、日本拳法という原
始的なスポーツが自衛隊で盛んに行われているのには、理由がある。
 格闘技としての強さ以上に、日本拳法のもつ精神性が着目されているのである。
 弱い心の克服
 日本拳法( 徒手格闘術) の最も重要な点は、大きな体や強い力に依存せず武器に頼らず、知性で
戦いをコントロールする、というその精神にある。ナイフや鉄砲、大砲や爆弾というハードウェ
ア( 武器) に頼らず、場の創出とタイミングの操作というソフトウェアによって敵を圧倒する。敵
を肉体的に破壊せずに、出し抜く。公平な審判の判定を自分に呼び込むことで、利を勝ち取る。
 戦いとは「理にかなった考え方と行動によって、公明正大な利益を得ることである」という、
戦いの真の意味を身をもって知る。それこそが、二天一流と日本拳法( 徒手格闘術) に共通する最
大の動機( モチベーション) であり、そこで養われる精神的強さこそが、戦いの専門家に求められ
る重要な資質となる。
 実際、日本拳法を行なう者は、その成果を試すため、街に出てストリートファイト( ケンカ) を
するということがない。道場の中で実戦ができるため、試し斬りの必要がない。「場とリズム
によって相手を圧倒する」という日本拳法の神髄を知れば、むしろ道場の外でのケンカの方がつ
まらない行為に見えてくるのである。
 「正理をもって、人を追い回し、人を従わせる( 勝つ) 」という、理に忠実で真に強い心こそが
、二天一流、日本拳法、そして徒手格闘術に共通する最大の武器である。コンピュータゲーム化
する戦争を止めるのは、戦いの原理を知る、強者の心だけなのである。
真剣勝負とは
「身は捨ても名利は捨てず」
「数度の勝負に一命をかけて打ち合い、生死二つの利をわけ、刀の道をおぼへ、敵の打つ太刀の
強弱をしり、太刀の刃むね( 背) の道をわきまへ、敵を打ち果す所の鍛練を得るに、ちいさき事、
よはき事、思ひよらざる所」
「命をばかりの打あいにおゐて、一人して五人、十人とも戦い、その勝つ道を確かに知る事、わ
が道の兵法也」
 二天一流と日本拳法に見る真剣勝負の心
 六十数度の殺し合いに勝利したという事実は、武蔵の偉大さを知る上での傍証( cor r obor at i on)
でしかない。しかし、ひとえに殺し合いという現実から導きだされた、即理主義ともいうべき武
蔵の思想は、日本拳法という武道となって再び現実化している。
 太刀を振りきらずに寸止めで戦いを終えるというのは、殺さないということ。しかし、生死が
判定の基準でなければ、本当のところはわからない。勝ったつもり、勝ったはず、負けていない
はずという、憶測・推測の感情を押し殺したまま判定に同意するしかない世界では、どうしても
あいまいさが残る。
 日本拳法では、直接、突いて蹴って投げて止めを刺す。だから、誰もが勝負の判定に納得で
きる。日本拳法における一本とは、武蔵の場合でいえば太刀を振りきることであり、戦う二人の
一方が死に一方が生き残ることを意味する。誰に対しても公明正大な絶対の真実、人の評価を超
えた現実がそこにある。
 「五輪書」に残された武蔵の言葉には、一瞬の閃光の中に生死が分かれる世界でしか見れない
真実がある。この言葉を辿ることで、我々は自身の現実を見いだしていけるに違いない。
 真剣勝負とは
「またたき(瞬き)をせぬように」
 一瞬の間に生死が分かれるのが真剣勝負の世界。
「太刀を能く構え、敵の太刀を能く受け、能く張る( 打つ) とおぼゆるは、鑓・長刀を持て、さ
く(柵)にふりたると同じ」
 太刀を格好よく構えて、敵の太刀をチャンバラのように受けて打ち返すなどという行為は、竹
でつくった防御用の柵越しに鑓や長刀を振り回しているようなもので、まるで攻撃になってい
ない。
「敵を打つ時は、又さく木をぬきて、鑓・長刀につかふほどの心也」
 敵と戦うときには、柵にしている竹や木をひっこ抜いて武器にするくらいの根性がなければな
らない。
「太刀にては人の斬れざるもの」
 真剣勝負とは太刀( 武器) で勝つのではない。ものと心と時を駆使する総力戦である。
「剣術実の道になつて、敵と戦い勝つ事、此の法、少しも替る事有るべからず」
現実の追求
現実の追求
「人をきりころさんとおもふ時は、つよき心もあらず、勿論よわき心にもあらず、敵の死ぬる
ほどゝ思ふ儀也」
「何事も斬る縁と思うこと肝要也」
「とにもかくにも、斬ると思ひて、太刀を取るべし」
「構えると思わず、斬ることなりと思うべし」
「速きと云ふ所、実の道にあらず」
「上手のする事は、緩々と見へて間のぬけざる所也」
構え
 構え
「太刀の構えを専らにする所、ひがごとなり。世の中に、構えのあらん事は、敵のなき時の事な
るべし」
「構えると云ふ心は、先手を待つ心也」
「( 二天一流における) 勝負の道は、人の構えをうごかせ、敵の心になき事をしかけ、或は敵をう
ろめかせ、或はむかつかせ、又はおびやかし、敵のまぎるゝ所の拍子の理を受けて、勝つ事な
れば、( 二天一流では) 構えといふ後手の心を嫌ふ也」
「我が道( 二天一流) に「有構無構」といひて、「かまへはありて、かまへはなき」といふ所也」
「いかなる難所なりとも、構なき様に確かに踏むべし」
前へ出る精神
前へ出る精神
「我事において後悔せず」
 前へ前へと進むことで問題を解消する。失敗を成功に転じ、不幸を幸いに変化させる。悔やん
だり、恨んだりしない。前向きな性格で陰を陽に、負を正に逆転させる。これぞ真の兵法家。
「道においては、死を厭わず思う」
「敵は四方よりかかるとも、( 自分は敵を) 一方へ追い回す心」
「少しも敵をくつろがせざるやうに勝つ事肝要也」
「勝負の道におゐては、何事も先手先手と心がける事」
「太刀の先を、足にてふまゆると云心也」
「( 二天一流とは) 人を追廻し、人に飛びはねさせ、人のうろめくやうにしかけて、確かに勝つ所
を専とする道也」
相打ちの精神
相打ちの精神
「敵も打ださんとし、我も打ださんと思ふ時、身も打身になり、心も打つ心になつて、手はいつ
となく、空より後ばやにつよく打つ事、 是無念無相とて、一大事の打也」
「かつとつといふ事」
「はりうけといふ事」
「打出すくらいを得て、右の太刀も左の太刀も、 一度にふりちがへて、」
「太刀の道をうけて勝つ道也」
「理を受けて、敵のする事を踏みつけて勝つ心也」
「まぶれあいたるそのうちに、利を以て勝事、肝要也 」 
先の先
先の先
「先の次第を以て、はや勝つ事を得る物なれば、先と云事、兵法の第一也」
「人に先をしかけられたる時と、我れ人にしかくる時は、一倍もかはる心也」
「はるにて先をとり、打つにて先をとる所、肝要也」
「間の拍子をよく知りて、先をしかくる所肝要也」
「敵の心変わるとき、我も心をちがへて、空なる心より、先をしかけて、勝つ所也」
「敵の心のきわまらざる内に、我利を以て、先をしかけて勝事、肝要也」
「太刀にても、身にても、心にても、先を懸れば、いかやうにも勝つ」
智力を駆使して勝つ 場と間合いと拍子
智力を駆使して勝つ 場と間合いと拍子
「兵法の智力を以て、必ず勝つ事を得る」
「我が道におゐては、少しもむりなる事を思はず、兵法の智力をもつて、いかやうにも勝つ所を
得る心」
「敵の流れをわきまへ、相手の人柄を見うけ、人のつよき・よわき所を見つけ、敵の気色にちが
ふ事をしかけ、敵のめりかりを知り、其の間の拍子をよく知りて、先をしかくる所肝要也。
物事の景気と云事は、我が智力強ければ、必ず見ゆる所也」
「兵法の戦いに、その敵その敵の拍子をしり、敵のおもひよらざる拍子をもつて、空の拍子を智
恵の拍子より発して勝つ所也」
「我が太刀の道をも知り、いかようにも敵の打つ太刀知るる所也」
「敵の打ちかかる時も、太刀の道を受けて勝つ」
「その時の理を先とし、敵の心を見、我が兵法の智恵を以て勝つ」
「場の徳を用いて、場の勝ちを得る」
「敵の強弱、手だてを知り、兵法の智徳を以て、万人に勝つ」
「太刀の徳を得ては、一人して十人にかならず勝つ事也。一人にして十人に勝つなれば、百人し
て千人に勝、千人にして万人に勝つ。然るによつて、わが一流の兵法に、一人も万人もおなじ事
にして」
「敵の心を受け、色々の拍子にて、いかようにも勝つ所也」
「観・見二つの見やう、観の目つよくして、敵の心を見、其の場の位を見、大きに目を付て、其
の戦いの景気を見、折節の強弱を見て、まさしく勝事を得る事、専也」
 戦いの要諦は、場と間合いと拍子にあり。場を観察し間合いを測り拍子を創出する。これによ
って、拍子は拍子となり、ストーリーができてくる。
理に忠実に 天の目線で戦う
 理に忠実に 天の目線で戦う
「兵法、至極して勝つにはあらず。自ずから道の器用有りて、天理をはなれざる放か」
「何をか奥と云い、何をか口といはん。道理を得ては道理をはなれ、兵法の道におのれと自由
あり」
「理を心にかけて、兵法の道鍛練すべし」
「理を以て渡を越す」
「兵法の理にて確かに勝つ」
「理を受けて、敵のする事を踏みつけて勝つ」
「兵法の道理を能く知り、敵に勝つ」
「物事に勝つという事、道理なくしては勝つ事あたわず」
「兵法の道、正理を以て人を追い回し、人を従える心肝要なり」
「直なる所を本とし、実の心を道として、兵法を行う」
「その道の利を以て、上は勝つと見ゆれども、心を絶えさざるによつて、上にては負け、下の心
は負けぬ事あり」
「無理に強く斬らんとすれば、斬れざる心也」
 理に忠実であるが故の注意点
「道々事々をおこなふに、外道と云心あり」
「この道にかぎつて、少しなり共、道を見ちがへ、道のまよひありては、悪道へ落つるもの也」
「此の道に限って、直なる所を広く見たてざれば、兵法の達者とは成りがたし」
 二天一流という道は理に徹することを本分とするが、そうであるからこそ、真理を見まちがえ
ると大変危険なことになる。
絶対に勝つという心 
絶対に勝つという心 
「強く勝つ事」
「一人の敵に自由に勝つ時は、世界の人に皆勝つ所也」
「身にても人に勝ち、又此道( 兵法) に慣れたる心なれば、心を以ても人に勝つ。此所に至ては、
いかにとして、人に負くる道あらんや」
「この利心に浮かびては、一身を以て、数十人にも勝つ心のわきまへあるべし」
「勝つ道を確かに知る事、わが道の兵法也」
「兵法の理にて確かに勝つといふ所をのみこみて、たゝかふ所也」
「敵の心をよく斗て、勝つ道多かるべき事也」
「確かに勝つ所を弁ゆる事也」
「少しも引く心なく、強く勝つ利也」
「無刀にて勝つ心あり」
「他の兵法、いかさまにも( なんとしても) 人に勝つと云ふ理を知らずして、・・・」
「( 二天一流とは) 確かに勝つ所を専とする道也」
「敵の心のねぢひねる所を勝つ事、肝心也」
「正しく勝つ事を得る事、専也」
「身にても、心にても、先を懸れば、いかやうにも勝つ位なり」
 強者の心 心で勝つ
「太刀の長きを以て遠く勝たんとする。それは心の弱き故なるによつて、弱き兵法と見たつる也

「兵法自由の身になりては、敵の心をよく斗て、勝つ道多かるべき事也。工夫有べし」
「兵法の目付は、大形人の心に付けたる眼也」
「静かなる時も心は静かならず。何と速き時も心は少しも速からず」
「心は体につれず、体は心につれず」
「我一流におゐて、太刀に奥口なし。構えに極りなし。たゞ心をもつて、其の徳をわきまゆる事
、是れ兵法の肝心也」
「我が兵法におゐては、身なりも心も直にして、敵をひずませ、ゆがませて、敵の心のねぢひね
る所を勝つ事、肝心也」
「敵を矢場にしほし、即時にせめつぶす心、兵法の専也」
「底を抜くといふ心。敵の心を絶やし、底よりまくる心に敵のなる所、見る事、専也」
「敵をひしぐ心にて、底まで強き心に勝つ」
「ひしぐといひて、かしらよりかさをかけて、おっぴしぐ心也。ひしぐ事弱ければ、もてかへす
事あり」
「少しも引く心なく、強く勝つ利也。敵の強きには、其の心あり。まぎるる、と云ふ事、一足も
引く事をしらず、まぎれゆくと云ふ心」

武蔵の文章
 武蔵の文章
「兵法の道、二天一流と号し、数年鍛練の事、初めて書物に顕はさんと思ひ、時に寛永二十
年( 164 3年) 十月上旬の頃、九州肥後の地、岩戸山に上り、天を拝し、観世音を礼し、仏前に向ひ
、生国播磨の武士、新免武蔵守藤原玄信、年つもつて六十」
「我、若年のむかしより、兵法の道に心をかけ、十三歳にして初めて勝負をす。その相手、新当
流有馬喜兵衛といふ兵法者に打ち勝ち、十六歳にして但馬国秋山といふ強力の兵法者に勝ち、二
十一歳にして都へ上り、天下の兵法者に会い、数度の勝負を決すといへども、勝利を得ざるとい
ふ事なし。その後、国々所々に至り、諸流の兵法者に行き合い、六十余度迄勝負すといへども、
一度もその利を失はず。そのほど、年十三より二十八・九までの事なり」
「我、三十を越えて跡をおもひみるに、兵法至極して勝つにはあらず。自ずから道の器用有りて
、天理をはなれざる故か、又は他流の兵法不足なる所にや。
その後、尚も深き道理を得んと、朝鍛夕練してみれば、自ずから兵法の道に合う事、我五十歳の
比也。それより以来は、尋ね入るべき道なくして、光陰を送る。兵法の利にまかせて、諸芸・諸
能の道となせば、万事において、我に師匠なし。今、此書をつくるといへども、仏法・儒道の古
語をもから( 借り) ず、軍記・軍法の古きことをも用いず、此一流の見たて、実の心を顕す事、天
道と観世音を鏡として、十月十日の夜、寅の一てん( 午前四時三十分) に、筆をとって書初むるも
の也」
「それ兵法といふ事、武家の法なり」
 以下、「地の巻」序文の名文句が続く。
 「いつどこで誰が何をどのように」という、文章の基本を踏まえた、まさに「理」に即した書
き出し、拍子に適った名調子。「兵法の身をもって常の身」となす、武蔵の面目躍如たるものが
ある。
 句読点が多い。それは読む者が誤解しないように文章を区切る、武蔵の慎重さを物語る。その
ために、同時代の類書に比べて隙のない、誤解されることのない明確でリズミカルな文章になっ
ている。武蔵はビジネスマン。自分で実証したことがない能書き( 効用・効果) を主張せず、他人
から借りた美辞麗句を使わない。切れば血が出るリアリティがそこにある。
武蔵の兵法観
武蔵の兵法観
「天を拝し、観世音を礼し、仏前に向ひ、生国播磨の武士、武蔵守藤原玄信」
 一 「天を拝し」
 武蔵はひれ伏して、天を礼拝する。天の理に忠実に従う、ということ。
 天の助けを期待するのではない。天によって与えられた機能と機会を自分自身で活用し、自分
で生きぬく。運用するのは自分次第だが、とにもかくにも素材としての理を提供してくれている
のは天である。だから武蔵は、天に対して頭を下げる。
 天の理を知り、それを運用することのできる体質を自己の内に作り上げるのが、武蔵の兵法で
あり、目に見えない何かに頼む・すがることによって安心感を得ようとする、宗教的なアプロー
チとはちがう。兵法(武士の戦い方)とは、自分と理の関係について観察と実験をくりかえし、
その関係を確かなものとして、自分の中に確立しようとする科学なのである。
 日本人は何に対しても簡単に頭を下げるが、戦国時代の武士や現代の西洋人は、人に自分の頭
の後ろを見せない。西洋人が首を垂れる( 日本人のお辞儀) は、教会で神にお祈りを捧げる時とギ
ロチン台に首をのせる時だけ。人間が人間に頭を下げるということは、武士にとっては身の危険
から、西洋人にとっては宗教上の理由から行わない。
 二 「観世音を礼し」
 天の理を人に知らしめる、予告、兆し、ヒント。キリスト教でいえば、天使に相当する存在。
これらに対して武蔵は、礼をする。光、音、味覚、触覚によって世界( 天理) を知るとは、正に「
座頭市」の世界である。
 三 「仏前に向ひ」
 最後に仏。仏とは釈迦のこと。釈迦は武蔵と同じ人間であるから、これと対等に向かい合う。
 武蔵は、天と人間とを明確に分類している。絶対的な天の理と、時代や社会の変化を受けてこ
ろころ変わる人間の法( 考え、アイディア) とを区別するのが、武蔵の兵法なのである。
「実の道をしらざる間は、仏法によらず、世法によらず、おのれは確かなる道とおもひ、よき事
と思へども、心の直通よりして、世の大かねにあわせて見る時は、その身その身の心のひいき、
その目その目のひずみによつて、実の道にはそむくもの也」
「世の中の兵法、剣術ばかりにちいさく見たてゝ、太刀を振り習い、身をきかせて、手のかるる
所を以て、勝つ事をわきまへたるものか。いづれも確かなる道にあらず」
 真の兵法とは、勝負全体・戦争そのものに勝つ思想であり、戦いにおけるあらゆる要素を含む
総合的な「戦争の芸術的手腕( Ar t ) 」でなければならない。天に通用するほど確かで普遍的な価値
をもつ芸術にまで戦いに対する自分の意識を高めること。それが武蔵の思想=二天一流という兵
法なのである。
武蔵の教育観
 武蔵の教育観
「今日は昨日の我に勝つ」
「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす」
「いづれの道におゐても、人にまけざる所をしりて、身をたすけ、名をたすくる所、是れ兵法の
道也」
「極意・秘伝などゝいひて、奥・口あれども、敵と打ち合う時の理におゐては、表にてたゝかい
、奥を以てきると云事にあらず」
「我兵法のおしへやうは、初めて道を学ぶ人には、その技のなりよき所をさせならはせ( 慣れ
させ) 、合点のはやくゆく理を先に教え、」
「心の及びがたき事をば、其人の心をほどくる所を見わけて、次第次第におおかたその深き所の
理を後に教える心也」
「我が道を伝ふるに、誓紙罰文など、云事を好まず」
「此道を学ぶ人の智力をうかゞひ、直なる道をおしへ、兵法の五道・六道の悪しき所を捨てさせ
、おのづから武士の法の実の道に入り、疑いなき心になす事、我が兵法の教えの道也」
「大きなる所よりちいさき所を知り、浅きより深きに至る」


「兵法の智力を得て、我が敵たるものをば、皆我卒なりとおもひとつて、なしたきやうになすべ
しと心得、敵を自由にまはさんと思ふ所、我は将也、敵は卒也」
 イエスの示した「愛の兵法」により、当時、一ローカル宗教でしかなかったキリスト教は巨大
なローマ帝国を取り込んだ。同じく命がけで戦う男、宮本武蔵は、自分を殺そうとする敵を許す
ことはなかったが、部下のごとく自分の意図する方向へ導き、勝負に勝ち続けた。敵を形而上(
目に見える現象の奥にある本質的な存在として)で取り込めば、物理的な勝利も後からついて
来る。肉体的に敵を殺す前に精神を殺す。敵の心をリードし圧倒することで飲み込んでしまおう
という武蔵兵法の精神は、地の巻、大工の項においては、「針と糸」のたとえで示される。
真似ではなく鍛練
 真似ではなく鍛練
「仏法・儒道の古語をも借らず、軍記・軍法の古きことをも用いず、此一流の見たて、実の心を
顕す事」
「見るとおもはず、習うとおもはず、偽物にせずして」
「人につかざる所肝要也」
 人の真似をしない、追従しない。
「とりわき兵法の拍子、鍛練なくしては及びがたき所也」
「是れ兵法の達者、鍛練の故也」
「敵を打果す所の鍛練を得るに、ちいさき事、よはき事、思ひよらざる所也」
「世の中、人の物をしならふ事、へいぜいも、うけつ、かはしつ、ぬけつ、くゞつゝ、しなら
へば、心、道にひかされて、人にまわさるゝ心あり。兵法の道、直に礼しき所なれば、正理を
以て、人を追いまはし、人をしたがゆる心肝要也」
 修行・修業という「人の業をし習う」( 人間の真似をする) のではなく、鉄を叩いて鉄にするが
如く、自己の内なる利( 理) を掘りおこす。
 「免許皆伝者」とは、どこまで他人の技術の真似ができたか、という話。
 だが、二天一流とは思想であって技術ではない。ルソーやマルクス思想の免許皆伝者などいな
いように、二天一流においても、後に続くのはその理解者たちである。
 武蔵は天から与えられた自分の内なる理を開拓し、磨くことで、オリジナルな戦い方を作り上
げた。「二天一流」というソフトウェア( 考え方) を理解すれば、具体的な戦い方は個人個人で異
なる。それこそが、「二天一流の奥義」なのである。
科学する心 確実性の追求
科学する心 確実性の追求
「( 二天一流は) 確かに勝つ所を専とする道也」
「今、世の中に兵法の道、確かにわきまへたると云武士なし」
「背く拍子わきまへ得ずしては、兵法たしかならざる事也」
「打つと云う心は、いづれの打にても、思ひうけて確かに打つ也」
「此一つの打と云心をもつて、確かに勝つ所を得る事也」
「いづれかきわめんと、確かに思ひとつて、朝鍛夕錬して、磨き果せて後」
「この兵法の理にて、確かに勝つというところを飲み込みて、先の位を知って、戦う所也」
「敵の顔たて直さざるように、確かに追いかける所肝要也」
「その利を受て、確かに勝ち知るべきもの也」
「敵うろめく心になる拍子を得て、確かに勝つ所を弁ゆる事也」
「他流の道を知しらずしては、我( 二天) 一流の道、確かにわきまへがたし」
「確かに書き顕し、善悪理非を知らする也」
「いづれも確かなる道にあらず」
「確かなる道にてはなき事也」
「細かにちいさく目を付くるによつて、大きなる事をとりわすれ、まよふ心出できて、確かなる
勝をぬかすもの也」
「武士は兵法の道を確かに覚へ、其外武芸を能くつとめ、武士のおこなふ道少もくらからず」
「何れの太刀にてもあれ、打ち所を確かに覚へ」
「常識」を得るために
「常識」を得るために
 第一に、よこしまになき事をおもふ所
 第二に、道の鍛練する所
 第三に、諸芸にさはる所
 第四に、諸職の道を知る事
 第五に、ものごとの損徳をわきまゆる事
 第六に、諸事目利を仕覚ゆる事
 第七に、目に見えぬ所をさとつてしる事
 第八に、わづかなる事にも気を付くる事
 第九に、役にたゝぬ事をせざる事
 此の如き理を心にかけて、兵法の道鍛練すべき也。
兵法とは何か - - -  あとがきにかえて - - -兵法とは何か
 これを端的に表現する話が日本にある。
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の「Com m on Sense 常識」という話である。
  あらすじ
 ある山奥の寺に、坐禅と読書をして暮らす一人の僧が住んでいた。そして、寺を支える善良な
人たちの中に、一人の猟師がいた。ある時、僧が猟師に「長年の修行の功徳によって、普賢菩薩
の御姿が見えるようになった。今夜、一緒に拝んでみたらどうか」と誘うと、猟師は喜んでそれ
に従った。その晩、経を読む僧の後ろに座る猟師は、同じく隣りで読経を聞いている寺の小僧に
その事を尋ねてみると、やはり何度も菩薩を見たと言う。
 深夜に近くなった頃、僧と小僧は本堂の開いた扉から表を向いてひれ伏した。しばらくすると
白い大きな光が近づいてきた。そしてそれは「像に乗った普賢菩薩」となって三人の前に現れた
。僧と小僧は感激し、さらに大きな声でお経を読み始めた。しかし、猟師はその後ろで立ち上
がり、弓を放って「普賢菩薩」を射抜いてしまった。大きな雷鳴のような音と共に「菩薩」は消
えた。
 半狂乱の僧は烈火のごとく怒り、猟師の行動を非難した。
 しかし猟師は平然として言った。「和尚。あなたはただひたすら坐禅をし書物を読むことで菩
薩を見ることができたと言いました。だが、あなたのような「悟り」を開いた方ならいざ知らず
、ここにいるお経の意味もわからぬ小僧や、ましてや仏の嫌う殺生を生業にしている無学な猟師
の私にも、なぜそれが見えたのでしょう。あの普賢菩薩とは本物ではなく、化け物に違いない
」と。
 翌朝、寺の本堂から続く血痕の先には、矢の突き刺さった大きな狸の死骸があった。
 僧は本をよく読み修行をつんでいたが、手も無く狸に騙された。しかし猟師は、無学で信心の
ない男だったが、現実世界の経験から得た確かな常識を持っていた。事実を正しく見れない弱い
心が、ストレートな人の心を曇らせ、見るはずのない幻影を見せる。だが一方で、自然に備わる
理に忠実な心で危険な幻影を見破ることのできる人間がいる。
 ここに我々は、兵法を知る手がかりを見ることができるだろう。
 ( 毒蛇・毒虫・毒草だらけの山の中を歩き、危険な崖をよじ登り、川を渡り、動物たちと知恵比
べをし、熊や猪と命がけで戦う。猟師とは、自然で素直な目で物事を観察し行動する者でなけ
れば、逆に自分が動物たちの餌食になってしまう。常に戦う感性で物事に取り組むという点では
、まさに兵法家なのである。)

相打ちの思想 - - -  真理のうらおもての中で - - -相打ちの思想 --- 真理のうらおもての中で --- 相打ちの思想とは、絶対的基準にもとづく西洋の精神世界と対等に戦う( つき合う) ことので
きる、日本でただ一つの思想である。それは「カミカゼ( 体当たり攻撃) 」のことではない。
 「真剣勝負とは、決死の覚悟で目的を達成し、なおかつ生き残ることが大切なのであり、必死
という名の自殺とは違う(故坂井三郎氏談)」。
 相打ちに持ち込むために前へ出て、相打ちに勝つために前へ出る。死ぬために前へ出て、生き
るために前へ出る。ごく普通の人間であった宮本武蔵は、自らの内に存在するきわめて当たり前
の「常識」によって、人間自らが作り出した「人間の弱さとその処方箋である宗教」を乗り越え
、真の自由に辿り着いた。相打ちの思想とは、真理を反転させることなのである。
 
 だが、生と死、勝者と敗者とは、果たしてどちらが真実なのか。
 それは、黒澤明の映画「羅生門」に描かれた世界でもある。一つの事実を見る人間が四人い
れば、四つの異なる事実が存在する。絶対的な真実は一つでも、相対的に見れば、四つの事実は
四つとも真実となる。
 武蔵の行った斬り合いも日本拳法の殴りあいも、真の勝者とは誰なのかという問題に、我々は
遭遇せざるを得ない。敵を斬り殺して生き残った側が真に勝ったといえるのか。日本拳法で相手
よりも多くポイントをとった側が勝者なのか。
 インドを独立に導いた、偉大な「非暴力の兵法家」マハトマ・ガンジーは言った。
 「私は自分が死ぬ覚悟ならある。しかし、私に人を殺す覚悟をさせる大義はどこにもない」
 "I  am  pr epar ed t o di e, but  t her e i s no cause f or  whi ch I  am  pr epar ed t o ki l l . "
 
 「( 非暴力に対して) はじめに彼等は無視し、次に笑い、そして挑みかかるだろう。そうしてわ
れわれは勝つのだ」
 "Fi r st  t hey i gnor e you, t hen t hey l augh at  you, t hen t hey f i ght  you, t hen you wi n. "
 人生を戦う戦士である我々は、単にそれを結果として見せるために雇われたピエロにすぎない
のかもしれない。
 デュマ作「三銃士」のモットー「One f or  Al l .   Al l  f or  One. 」( 勝利のために個人の利益は犠
牲とならねばならない。しかしまた、勝利とは個人のためにある)
 真理の矛盾の中にあって、人は命がけの選択を繰り返す。
武蔵と日本拳法 奥付